岩手・宮城内陸地震の悲報 岸由一郎さんを悼む
この震災で厄に遭われた方々について、既に幾つか報道がなされていますが、土砂崩れで押し流された旅館から本日発見された方々の中に、岸由一郎さんのお名前がありました。
・読売新聞の記事
・朝日新聞の記事
上にリンクを張ったウィキペディアに略歴がありますが、岸さんはかつて万世橋の交通博物館の学芸員を勤め、その後大宮の鉄道博物館に移られて、開館と運営を担われると同時に地方私鉄の車輌や資料の保存に尽力されていました。今回も、廃止されたくりはら田園鉄道の関係でこの地方に来られて、そして震災に遭われたそうです。
岸さんには、多少のご縁がありまして、何度かお会いしたことがありました。あまり個人的なことをここで書くことはしませんが、岸さんの師匠である青木栄一先生(『鉄道忌避伝説の謎』著者)には小生も大変お世話になっており、いわば大先輩に当たります。以前、開館前に大宮の鉄道博物館を見せてもらったり出来たのも、岸さんのお蔭が多分にありました。
先週、都電のイベントをちょこっと覗いた際、行列整理などに駆け回っている岸さんのお姿をお見かけしました。ご挨拶申し上げようかと思いましたが、何しろ人出で応対に忙殺されていたご様子でしたし、小生も時間や同道者の都合などもあってその場をあとにしました。
一言でも挨拶をすればよかったという後悔で一杯ですが、しかし話などしていたら衝撃がより一層大きくなっていたのかもしれません・・・
岸さんは学術的な調査研究、実践的な保存活動、交通→鉄道博物館といういわば一般向け啓蒙活動、これらの各分野を連関して行っておられ、どの分野でも成果を挙げておられたと思います。結構こういう研究や活動というのは、各々の分野でタコツボになってしまいがちです。岸さんはそれを股にかけて活躍されていた点で、得がたい人材であったと思います。それだけに、岸さんの急逝が惜しまれてなりません。
最近の「鉄道ブーム」のようなのに対し、小生のようなどっぷり浸かったマニアはついつい小言オヤジになりがちです(いや、長期的には小言は重要だと思いますよ)。そういう場面で、学者やマニアの蓄積と一般・初心者向けとの橋渡しをする存在は極めて重要で、幸い鉄道博物館は好調でしたし、産業遺産の保存への理解も広がりつつあり、「鉄道ブーム」もまずまず着実に広がって受け入れられていた今こそ、岸さんの存在はより大きな意義を持つはずでした。先日の原田勝正先生のような大御所の方の訃報に続き、このようなことになるとは、なんともやりきれません。
重ね重ね、大変残念でなりません。日本近代史で鉄道業を扱っている小生としましては、せめてその業績の一端なりとも受け継げるだけの者になれるよう、精進するのみです。それ以上の手向けは多分ないでしょうから。
それにしても、先週は秋葉原で自分と友人が通り魔に追っかけられ、今週は知人が天災で亡くなり・・・秋葉原の件について続きを、一週間たった今日に何か書くつもりでしたが(秋葉原には行きました)、人の命の儚さを改めて思い知らされ、今日のところはこれにて筆を擱きます。
それにしてもあの保存車両の選定をメインで行っていたり各地での鉄道遺産などの保存調査を行ったりととてもすごい業績を残されていた方だけに同学年の人間として非常に悔やまれます。
それにしてもかつて交通博物館もありパソコンパーツ購入などで何度も行った秋葉原で事件が起こってから一週間のうちにこの震災とは人間の命のはかなさを考えさせられます。最後に両方のお亡くなりになられたすべての方々にお悔やみ申し上げます。
>spade16氏
ただひたすら、残念というのみです。
>ほやてつと様
コメント有難うございます。
人の命のはかなさは個人的に考えさせられましたが、しかしその業績を伝え受け継ぐことで、その儚さに抗することが出来るのではないかと思います。ほや様もこれをきっかけに(確かに不幸なきっかけではありますが)、鉄道などの近代の遺産保存とそれを生かすことへ関心を持ってくだされば、何よりの手向けと思います。