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2006年 09月 16日 ( 2 )

<書物復権>企画に英国史関連書籍が登場

 先日書店に行ったら、学術書を多く扱う幾つかの出版社が連合して毎年行っている<書物復権>という古い本の再版企画の一環として、小生が以前MaIDERiAのサイトの「今週の一冊」で紹介した、水谷三公『英国貴族と近代 持続する統治1640-1880』(東京大学出版会)が再版されていました。
 ちなみに今回の復刊書物リストはこちら。『両大戦間の日本外交』も、『祖国のために死ぬこと』も絶版になってたのか・・・なんてこったい。

 この本は、英国貴族とは一体如何なる存在であったのか、そしてまた他国のそれと比べどのような特徴があったのか、ということを解説している書物で、イギリスの貴族のお屋敷だのなんだのに関心がある方には読まれることをお勧めします。カントリーハウスだの執事だのといったものが、なぜあのような形をしているのかという、政治的および社会経済的背景について、示唆されるところが大きいでしょうから。
 殊に最近の日本の一部では、「英国貴族」的な世界(お屋敷・執事・メイドさん)に何かと幻想を抱かれる向きが多いようにも思われますし、また日本の別の一部(前の「一部」と重なっていないわけでもないのかもしれませんが)は、「武士道」と「ノブレス・オブリージュ」をくっつけて、「国家の品格」がどうこうなどと幻想を抱かれる向きもあったりしますので、この本の価値はいよいよ大きなものとなるのではないかとすら思います。これは小生の幻想。

 『英国貴族と近代』の著者・水谷三公先生の著作で小生が他に所有している本に、中央公論社(中央公論新社)の「日本の近代」シリーズ第13巻『官僚の風貌』という本があります。本書は、日本の官僚の歴史について概説として述べられた、おそらく唯一(だと思う)の書物で、日本の官僚についてその歴史的形成過程を知りたい場合にまず読む本としてお勧めできます。このシリーズは、中央公論社が社運を賭けて発行し、結果会社を潰しただけのことはある、読み応えのある本が多いです(潰したのは「世界の歴史」の方が責任重大だったと聞きますが)。
 さて、英国貴族と日本の官僚、一見かけ離れた題材のようですが、社会の指導層とされる存在という点では共通しています。では相違点は何でしょうか。それは、貴族は土地という世襲の財産を持ち、基本的にそれで生計を立てている存在ですが、官僚は俸給に頼って生活している存在であるという違いです。官僚は国家運営という重責を担う存在でありながら同時に国家に依存している身分なのです。
 で、昔ゼミで読んだ論文に書いてあったことで、今現物が見つからないのでうろ覚えなのですが、確か故坂本多加雄の「独立・官吏・創業 ―明治思想史における「政治家」と「官僚」―」という論文で(『年報近代日本研究8 官僚制の形成と展開』(1985)所収)、マックス・ウェーバーが説くところに拠れば、俸給に縛られた存在である官僚は経済的に自立した存在ではないため(経済的に自立、とは有産階級であること)、国家の指導者としては相応しくない、という考え方があり、これは西洋の伝統的な発想だったそうです。そしてウェーバーのこの指摘を同時代の日本、つまり今から百年前の、官僚制度が整えられつつあった当時の日本の知識人(福沢諭吉とか幸徳秋水とか)も認識しており、明治維新のような「創業の精神」を失って硬直化・閉塞化していく当時の日本をどうするか、官僚層による「所有なき支配」のもとでの国家運営をどうするのか、という問題が問いかけられていたそうです。当時はこういったことを論拠に、官僚に恩給を与えるべきだ、なんて議論もあったようで、それが制度改革に結びつくこともあったようです。

 というわけで、貴族の義務、「ノブレス・オブリージュ」の背景には、貴族層が財産という基盤を有するという前提があるはずでありまして、ただの給与所得者である国家公務員に「武士道」と重ね合わせている(武士は職務に対する給与ではなく、家禄を得ていたのですが)「ノブレス・オブリージュ」的な「エリート」精神を求めることが合理的かは一概には言えない、というかかなり問題があるのではないかと思います。無論この問題は、貴族的な財産所有と収入獲得の状況が好ましいものとは決して見做されない現在の社会状況において、「エリート」とされる対象の人の大部分にあてはまるかと思います。
 2冊の水谷著を読み合わせると、こういったことがおぼろげにも見えてくると思いますので、ご関心のある方はこの機会に2冊とも揃えられてはいかがでしょう。

by bokukoui | 2006-09-16 23:59 | 制服・メイド | Comments(7)

最近読んでいる本から何となく引用

 このところ所用が立て込んで、何で立て込んでいるかといえばどれも片付いていないからですが、そんな状況とはまた別個に積んである本を片付けようとボチボチ読んでいます。
 かくて、最近読んだ本が、先頃亡くなった鶴見和子の『南方熊楠』で、今読んでいるのが平野威馬雄『大博物学者 南方熊楠の生涯』 リブロポートという本です(まだ読み終わっていない)。何で南方熊楠の本を読もうと思ったのか、別段はっきりとした理由はありませんが、一つには神社合祀反対運動を南方熊楠がやったという話を聞いたことがあったので、その件についてもう少し詳しく経緯を知りたいと思ったこと、それに加えて小生の家系がもともと和歌山県の出であるということがいくらか影響しています。
 鶴見著は読みやすく、南方の業績のあらましを述べるだけでなく、そのどこに特徴があったのか、そして今日の視点から見てどのような意義があるかというところまで、世界全体までを視野に入れて書いていて、大変興味深く読めます。
 現在読んでいる平野著は、どうも皆方没後間もない戦時中に書かれた本に手を加え、1982年に出版したもののようです。なので、昔めいた言葉遣いや、英米文化に対し過度と思えるほど批判的な表現があったりします。本としては構成がかなりごたごたで、しかも昔書いた内容が誤っていたことが後日判明した箇所を、全く書き改めるのではなくその旨を加筆するだけで済ませているなど、この本自体に年輪を感じさせるところがあるのですが、しかしそれが何か混沌としていつつもある種の魅力となっているといえなくもありません。

 南方熊楠について読もうと思ったきっかけである神社合祀問題については、もっといろいろ本を読んで調べる価値がありそうです。年代からすれば、地方改良運動あたりとの関連はきっとあるはずだし、そういう先行研究はあるはず。しかも最近聞いた話では、かの有名な阪急(の前身の箕面有馬電気軌道)が沿線に大量の土地を取得できた一因に、地方改良運動が関っていたということがあるようで、鉄道史研究上も無視するわけにもいかなさそうです。神社を中心としたムラ共同体が地方改良運動と神社合祀で解体され、近代的で地縁・血縁関係を伴わない近郊住宅地が形成されていく――うむ、話の辻褄は合いそうですね。
 結局は、「伝統的」な神道を解体したのは明治政府の戦略で、それを「国家神道」とか「神社神道」と呼ばれる「近代的」統治機構(これを「宗教」と迂闊に呼んだら緒方氏に怒られるでしょう)に再編するために神社合祀は強行される必要があったということなのかな。で、そうやって「伝統的」神道を解体して新規に拵えられた「神社」が、靖国神社やら明治神宮やらということになりますな。まあ、明治神宮が大勢の人の初詣先となっているのは、まさにその「近代性」の故に、「伝統的」神道を迷信として排した層が参拝することができたからだそうですが。
 「伝統」を継続した時間の長短で量れば、神社神道より天理教の方が「伝統」かもしれない・・・?

 慣れぬ分野に話が入り込んで馬脚を顕しそうなのでこの辺で一区切り。
 こんなことまで考えずとも、南方熊楠の破天荒にして筋の通った生き方は読む者の心を打ちますし、だからこそ少なからぬ著述家が南方の生涯について著作を公にしているのでしょう、平野威馬雄も四十年前の本に手を入れたのでしょう。南方のように巨人にはなれなくても、少しは近づけるようになりたいものです。
 で、それと関係しているようなしていないような、そんな一節を備忘のために引用。
 物徂徠の語に“行い浄きものは多く猥語を吐く”とありしを記憶す。ローマのストア派の大賢セネカも、“我が行いを見よ。正し、我が言を聞け、猥なり”と云えり、小生は随分引用和合の話などできこえた方だが、おこないは至って正しく、四十歳まで女と語りしことなく、その歳にしてはじめて妻をめとれり、時に、統計学の参考のためにやらかすが、それすら日記帳に、ギリシャ字などで、やり方すべてをくわしく明記せり。
 これは南方熊楠『自叙』の一節だそうですが、直接には平野威馬雄『大博物学者』の172ページから孫引きしたものです。

※本記事と関連する記事はこちら

by bokukoui | 2006-09-16 02:27 | 書物 | Comments(0)