人気ブログランキング |

カテゴリ:時事漫言( 59 )

地震対策の結果として本が貰えた話の補足・その他雑事

 腰は相変わらず、左目の下にできものが出来たり、なかなか復調というわけにも行かないようです。

 表題の通り、先日の「地震対策の結果として本が貰えた話」の補足。
 社会科学研究所のサイトでは、不要図書の放出は9日までとなっていましたが、本日見に行ったところまだやっていました。多分、工事で完全に閉まる来月まではやっているのではないかと思います。もっとも流石に本の数は少なくなっていました。当初はワゴンに6台以上あったのに、今日は3台。内容的にも・・・。

 故障中の旧マシン(短時間なら動く)からデータを取り出して新マシンに移す際、フラッシュメモリを使っていたのですが、これが困ったことに行方不明。そこで苦肉の策としてデジタルカメラのメモリーを使ってます。嵩張るけど意外と容量が多かったので。
 つーか、とっとと新たなコンピュータ環境を作らんと・・・。

 NHKの夜のニュースを見ていたところ、サミットへ抗議のデモ隊が暴徒化した場合の対処と称する警察の訓練が報じられていました。それ自体に対しいろいろ申し条はありますが、それはそれとして、「デモ隊」として登場していた警察の連中の被っていたヘルメットに、白ヘルに赤い線・黒く「Z」の文字が! 革マル派ですね。
 革マル派の登場がサミット会場周辺で予期されているのでしょうか? こういうときは架空のメットを使うのが普通ではないかと首をかしげました。もしかして公安警察には、各セクトに対応した仮想敵部隊がいる、なんて訳はないだろうな。

by bokukoui | 2008-05-14 23:49 | 時事漫言 | Comments(0)

聖火リレーでどうでもいい話~そして私は北京オリンピックを支持する

 ゼミの準備で忙しかったり、発疹がひどかったり、またぞろネットに繋がらなくなったり(別な機械で、別な方法でつないでるんですけどね・・・)、そんなわけで聖火リレーにせよ死刑判決にせよ書きたいと思う話題は数あれど思うに任せず、しかし後からゆっくり考え直して評論するという手段としてどうもネットは不適当らしく(それが困った点)、従ってどうでもいい思ったことを以下に書きます。

 日本における聖火リレーで起こったトラブルとして広く報じられた一件に、卓球選手の福原愛さんがトーチを持って走っているところに突如乱入した男がいたというのがありましたね。その瞬間、福原さんの表情が凍り付いて足が止まった映像は、テレビの報道でご覧になった方も多いかと思います。
 それを見て小生は、駕籠真太郎先生の「バトル・ロ愛ヤル」を瞬間的に連想してしまいました。本作は近刊『穴、文字、血液などが現れる漫画』に収められております。
 で、どういう話かと申しますと、本文から引用すれば 
東京湾沖に造られた
この人工島ラブラブ愛ランド
では各業界を代表する
愛ちゃんが集められ
ナンバー1の愛ちゃんを
決定するための死闘が
繰り広げられていた

お互い殺し合い
生き残った者にのみ
ナンバー1愛ちゃんの
称号を手に入れることが
できるのだ
 ・・・。主人公が一応福原愛ちゃんです。あと出てくるのが杉山愛とか大塚愛とか飯島愛とか前田愛(国文学者でも声優でもない方)とか・・・。
 今まで本ブログでも駕籠作品について何度か触れてきましたが(これとかこれとか)、今回も大変面白い一冊でございました。スカネタよりはパロディ的な方が本書では多い感がありますが、それもまたよし。駕籠先生はここ何年か、順調に新刊を出されているのは喜ばしい限り。

 あまりといえばあまりな話でしたので、ちょこっとだけオリンピックについて思うことを。

 そも19世紀に近代オリムピツク大会が始まった頃の世界を考えれば、まさに時は帝国主義の時代。ギリシャ・ローマの古典文化を引き継いだと称する欧州諸国が地球上を我が物顔で行き来しておりました。さてこそギリシャのイベントを復刻して近代オリンピック大会も始まったのですが、これはギリシャ・ローマ的なものが「優れた」ものと自明視され、それに近い順に「優れた」序列が築かれていた世界観を反映しております。それが白色人種による有色人種の植民地支配を正当化していた訳ですね。以前このブログでも書いたことがありますが、近代スポーツの「スポーツマンシップ」なんてのは、成立した場所と時代を考えればその背後に階級差別・人種差別・性差別を胚胎しているわけであります。
 で、それから百年して、流石にそういう差別の問題点もある程度は認識されるようになってきたわけですが、今時の北京オリンピックでは久々に、その「オリンピック的なもの」を生み出した構造を感じさせてくれました。今や「帝国」足らんとする、チベットを支配する中国こそ、今地球上で最も「オリンピック」にふさわしい場所に他なりません(次点はロシアか?)。聖火リレーに最も噛みついて見せたのが欧州諸国の人々というのは、ここ百年の時代と重心の変化を物語り、変わらぬものと変わるものとを一望できたのは大変興味深いことでありました。(え、黄禍論?)

 ま、長々書くのも面倒だし、こんなもんで。
 今次の抗議行動やそれにまつわるネットの言動を見ていて思うこともなにがしかありますが、少し前に読んだ有村悠氏のブログの記事に付いたコメントを見て心底うんざりし(他にも類似の例は多いでしょうが小生の見た中で最も酷い例だったので)、これはチベットそのもののことよりもただ何かを罵倒することで自己満足に浸る祭りでしかない輩が少なからず、そしてそれはおそらく、確かに今現在中国共産党政府が行っている人権侵害への批判をむしろ減殺してしまうものではないかと思ったので、これ以上書くのも今は控えておきます。
 そして小生は、チベットを舞台に書かれた久生十蘭『新西遊記』を取り上げている種村季弘『書物漫遊記』を書架から取り出すのでありました。ネタ本は無論河口慧海『西藏旅行記』であるわけですが、故種村先生の説くところに因れば、同書の前半は「狂信的なラマ僧の残虐きわまる処刑」の話が延々と続くそうです。(彼らの何人が慧海を知っているのだろう?)

by bokukoui | 2008-04-28 22:06 | 時事漫言 | Comments(8)

「ヒゲの隊長」は誰の利害を代表するのか

 数日前の記事のコメント欄で、いろいろと興味深いご意見が出ておりましたので、狭いコメント欄に書き足すのもなんだしということでこちらで一筆。

 まずお断りしておかなければならないことは、今回の参院選の期間中、小生は多忙にてろくに選挙関連の報道に目を通しておりませんので、イラク派遣自衛隊の隊長から転じて今回の参院選で自民党の比例代表から当選した佐藤氏が如何なる選挙運動をしておられたのか、よく承知しているわけではありません。ただ、無名さまなどの方から伺うには、どうも自衛隊っぽい格好? をして、自衛隊施設の前で演説したりされていたそうですね。また確か、比例の代表の中では、新人としてタレント候補でもないのに(?)相当の得票をしていたかと思います。
 で、これについて、左翼で平和主義者でミリオタな小生としては、ああ宇都宮徳馬先生が栗栖弘臣を打ち破った時代は遠くなりにけり(27年前か・・・)とまず思ったのでありました。栗栖を担いだのも民社党であって自民党ではなかったことからすると、時代も自民党も変わったのだということですね。思えば栄光の時代の自民党は、左側に宇都宮先生まで抱え込んで平然と政治やってたんですから大したもんだったんだなあ、とつくづく思います。小生は政治学にはとんと疎いですが、自民党はそのヌエ的性格(政治の場合は必ずしも非難の言葉ではない)から長期の政権を維持することができたのだろうと素人なりに考えます。しかしまあ、いまや自民党はその性格を振り捨てようとしている――少なくともやたらと敵を作りたがることを「毅然」と勘違いしている安倍政権の運営は――ことからすれば、とっとと政権も振り捨てればと思うのであります。

 話を戻して、で、「ヒゲの隊長」に投票した人たちはどういう人たちで、どんな期待を込めて投票したのかということは、検討するだけの価値があると思います。
 ここで「在郷軍人会」という言葉を無名さまが出されており、また某後輩氏が「得票数が自衛隊の定員とほぼ一緒で、陸自の駐屯地がある道県で集中得票しているという分かりやすい結果」と指摘されています。小生は既述のように今回の選挙の諸事情に通じているわけではまったくありませんが、これらの信頼できる方々からのご指摘からすると、「ヒゲの隊長」氏は自衛隊員を支持層として固めようとしていた、ということなのでしょうか。だとすれば、手法としては極めて伝統的な選挙戦ということになり、かつて自民党が建設業界や郵便局の票を当て込んだり、社会党が労働組合の組織票を集めたり、学会員が公明党に投票したりするのと同じ構図になります。
 で、こういう構図で議員が送り込まれるのであるなら、むしろ外交政策に際しては慎重に対処する方針を取るのではないかと思われます。もし憲法改正をして自衛隊が海外の戦地に派兵された場合、戦死するのは支持団体の人、ってことになりますから。
 この場合、自衛隊代表議員のなすべき仕事はむしろ、「現業公務員代表」としてその待遇改善にカネを出させることになるでしょう(正面装備費ではなくて)。これは行政改革という方向からするといささか難しいでしょうし、無名さまのご指摘「現役は別としても、退役者はあまりにも恩典が無い」からすると、既得権を守る以上のことが必要そうで、他の権益団体代表に比べてもなおその仕事は大変かもしれません。将校についてはまた別の論があるかもしれませんが、人数的に大部を占める下士卒の場合はこのように考えられます。

 自衛隊を現業公務員団体として考えたとき、教師の事例を参酌してみます。
 この場合、ヤンキー先生的思いつき「教育改革」に現場の先生を振りまわさせて疲弊させるより、ごく正攻法で現場に多くの予算と人材を与えて環境を改善させるべきではないか、という指摘が識者(苅谷氏や広田氏など)によってなされています。同様に国防についても、その構成員個々の待遇を改善することで、自衛隊員が麻薬でラリって憂さ晴らしをしないですむようにすることは、国防の根幹を強化することに直結するのではないかと思います。
 ことに、こういうことを書くのはあまり上品ではないかもしれませんが、徴兵制でなく志願制の軍隊の兵隊に、高度に発展した経済を持つ国で身を投じる人々の社会階層を考えた場合、それはもっと考えられるべきことではないかと愚考します。
 そういえば、わが国で軍隊が待遇への不満で叛乱や暴動を起こしたのって、竹橋騒動以来なかったような・・・これは結構珍しいことかも。

 しかしどうも、今回の「ヒゲの隊長」に投票した人は、このような層には限らないんじゃないか、違ったタイプの投票者もいたのではないかと、小生にはそのように思われるのです。つまり安全保障問題での活動を期待しての投票が一定数あったのではないかと思うのでして。
 これはいささか偏見があるとは自覚しておりますが、「元自衛隊」「イラク派遣隊長」という肩書きから投票した方々が対外政策に期待するものを推測するに、やはり対外硬・・・って用語は戦前のものですが、そういう方向である蓋然性が高いと思われます。しかし、上に書いたように、実はそれは自衛隊の構成員(下士卒)の利害とは必ずしも一致しないかもしれません。「ヒゲの隊長」は、どちらの代表者として行動することになるのでしょうか。
 小生が思うには、無名さまがご指摘されているような「カリスマ的な元自」登場による政治勢力は、自衛隊下士卒のような階層の不満を結集して何かに振り向けることに成功した場合であろうと思います。それはおそらく、対外政策以上に国内的な攻撃も含むことになろうと思われます。そしてそこに結集する層が自衛隊外の、社会に不満を持つ層とくっついたとき、もしかすると「悪い冗談」の事態が出来するかもしれません。
 もっとも、「元自衛隊」「イラク派遣部隊長」という肩書きに何がしか現状の自己の不満を託すような階層のメンタリティを斟酌するに、その多くは宮台真司の表現を借りれば「ヘタレ保守」ということになるのではないか(そういった力に自己を投影することで不満を解消しようとする)と思われるので、その結集は案外脆くすぐ崩れてしまうようにも思われますが。

 どうもまとまりませんが、こんなところで。

by bokukoui | 2007-08-01 23:55 | 時事漫言 | Comments(13)

小田実氏の訃報に接し若干の感慨

 右足に奇態な痣が出現。赤城農相を襲ったかぶれの同類か。
 尾篭な話で恐縮ですが、ここ一月あまり消化器の具合も思わしくなく。

 表題の如く小田実氏が亡くなられたという報を新聞で読みました。
 小生は氏の代表作『何でも見てやろう』を読んだことがあります。そも遡れば、本書の題名を知ったのは、北杜夫氏のエッセイを読んだ時のことでした。なんでもどこぞの書評に、小田氏の『何でも見てやろう』と北杜夫氏の『どくとるマンボウ航海記』を比較して、「小田実のユーモアは、北杜夫の白痴的ユーモアよりも数等優れている」などと書かれていて、読んだ北杜夫氏がフンゼンとするという話が載っていたのでありました。出典のエッセイの本が思い出せないのですが・・・。
 で、大学に入ってから、確か何かのバイトで小田実の書いたものをざっと読む機会があり、その際に読んだ内容をMaIDERiA出版局の「今週の一冊」の中で使ったりもしましたが、その時に『何でも見てやろう』も読み通しました。結構面白かったですよ。
 で、小生が小学生の頃から愛読していた『どくとるマンボウ航海記』と比較した時、一昔前の書評者が『マンボウ』を「白痴的」と評した理由が少し分かった気もしました。『マンボウ』には直接的な社会批評的内容は全くといっていいほどないのです。言い換えれば、小田氏の作品は『何でも見てやろう』という通り、世界一周して「見てやろう」という問題意識が強くあります。しかし『マンボウ』にはあんまりそういうのがないんですね。こだわって見に行くのはトーマス・マンゆかりの地ぐらいなもので、その問題意識の(表面的な)なさが評者をして「白痴的」と言わしめたのでしょう。
 でも小生思うに、それこそが『マンボウ』の優れた点ではないかと。「見てやるぞ」と構えたところがない故に、出会った事象に対して普通の人には思いもよらない面白い観察と表現をなしえて独自のユーモア世界を形作っているのであります。まあ、これは当時の堅苦しい思想に嵌った(マルクスが堅苦しいのではなく、嵌り方が堅苦しいのだと、一応そうしておきます)書評者の目が曇っていたのであろう、そう思う次第。

 肝心の『何でも見てやろう』の話に戻して、同書で小生が最も印象に残ったエピソードを以下にご紹介。
 それは小田氏がギリシャに行ったときのこと、一ギリシャ青年が以下のように小田氏にぶちまけます。

「こんな国ってあるだろうか? 世界中の国の教科書で、最初のページではこれだけ詳しく登場し、その後二度と出てこない国なんて」

 記憶にのみ頼っておりますのでうろ覚えですが、確かこんな趣旨だったかと。
 言われてみれば確かに。日本の世界史の教科書では、その後登場するのは1830年の独立ぐらいですかね。しかしこのギリシャ青年の見方も今にして思えば偏っている面もあり、ビザンツ帝国とは事実上ギリシア人の国であったし、オスマン帝国でもギリシア人の存在は大きかったわけで。
 近代ギリシア史をちょこっと読むと、近代のギリシアというのはかなり国家運営(特にキプロスの件とか対トルコ政策周辺)がアレな国のように思われ、しかしそんなハタから見てアレな運営をしてしまうのもこの青年がぶちまけたがごとき偉大すぎるご先祖の名が、強力なアイデンティティを形成すると同時に重荷になってしまっているからなのかもしれません。

 話を戻して、兎角評判のある小田氏ではありましたが、ベ平連の活動はやはり時代に名を残すものであったと思うのでありまして、しかし結局その系譜を継いだ市民運動というのはできなかったのかな・・・。どうもわが国は「市民運動」というのが根付きにくい傾向があるのか、根付くような政策があまり顧慮されなかったのか、ネットの普及も必ずしもその傾向を変えるに至っていないのかと思うことがあります。ちょうど一月前の「アキハバラ解放デモ」のことなど思い出すにつけ。なんか小生がネットをやっていないうちにいろいろあったみたいですけど。

最後に余談。
 「白痴」って変換候補に入っていないんですね。「白雉」はあるのに。

by bokukoui | 2007-07-30 23:57 | 時事漫言 | Comments(0)

昨日の今日で教育関連の話題

 昨日久しぶりに教育について記事を書きましたが、それを書き上げた途端に以下のニュースに接し腰が砕けました。

 <参院選>自民、大仁田氏引退でヤンキー先生・義家氏を擁立
 自民、ヤンキー先生を擁立 参院選比例代表で

 今日は来週に迫った「6・30アキハバラ解放デモ」に向けて、オタクという世間から歓迎されざる(とされていることが多い)文化について参考になるかもしれなさそうな書籍を読んだのでその感想でも書こうと思ったのですが、このニュースを聞いて予定変更。
 「熱血教師」的なものを教育政策に据えることへの批判は、過去の記事で戦術と戦略を混同していると批判したことがありますのでもう繰り返しません。ただ、日本の政治において教育に対する理解はやはり個人の自主自立(精神的な)を重視する方向ではないということを再確認した次第でした。
 それにしても、アンチ自民の小生にしても思わずにはいられないのは、自民党には他に幾らだって「ヤンキー先生」よかマシな人材を登用することは出来るだろうに、と・・・。まあそれを言い出せば、そもそもあれだけ議員がいるのに何で首相をあんな(以下略)
 とまれ、こうしたいわば「偉大なる自己像」に自らナルシスティックに酔いしれている(「昔は悪かった」というのはその陶酔を強化する技法である)人間を、「いい先生」と持ち上げてしまうような風潮を排除するところから、教育改革は始まるべきであろうと小生は思うものです。
 そして財政改革の名の下に名門公立大であった横浜市立大を荒廃させ、一方でこの「ヤンキー先生」を教育委員に据えた中田横浜市長に落選の鉄槌を。教育は行政からすれば財政と法制度によって運営に大枠を示すものであるはずであって、精神論を上意下達するものではありえないはずです。
 横浜市民として、これでは「荒川は日本のポトマック川だ。あの川の向こうはヤンキーに支配されている」などと心置きなく埼玉県民を馬鹿にして遊ぶことが出来なくなってしまいます。市の将来に懸念を抱かずにはおられないのです。

 今日は急なバイトで肉体労働をしたため、些か疲労しておりますのでこれにて。機械の調子も悪いようで。暑さと湿気のせいなのか。
 なおこれは一昨日の作業ですが、タグに「書籍・漫画等感想」を設けました。本(含漫画)を読んでその内容について何がしか感想や評論めいたことを記した記事につけてあります。今まで歴史に関する本の感想を「書物」カテゴリにしていたのを、このタグをつけて「歴史雑談」カテゴリに改めました。これで閲覧性は向上したはず。

by bokukoui | 2007-06-23 23:59 | 時事漫言 | Comments(5)

「硫黄島」の読みの件続き・その他サイト更新など

 以前、「硫黄島」の読みが「いおうとう」なのか「いおうじま」なのか、という話をこのブログで書いたことがありました。で、最近の報道によると、この問題に一応の決着がついたようで。
 「いおうとう」に呼称変更 国土地理院
 国土地理院は18日、東京都小笠原村に所属する硫黄島の呼称を「いおうじま」から「いおうとう」に変更したと発表した。これに伴い「北硫黄島」「南硫黄島」も、「きたいおうとう」「みなみいおうとう」にそれぞれ変更された。

 地元で旧島民が、「いおうとう」と呼んでいたことから、小笠原村が国土地理院に地名修正を要望していた。同日開かれた国土地理院と海上保安庁海洋部で構成する「地名等の統一に関する連絡協議会」で変更を決めた。国土地理院では、2万5000分の1地形図「硫黄島」のふりがなを変更し、9月1日に発行する予定。
 皮肉にも映画『硫黄島(いおうじま)からの手紙』のヒットが、この島の名前を正式に「いおうとう」にしてしまったようなものでしょうか。
 さて、この件に関し以前拙ブログで触れた際にご登場いただいたの指導教官も、先日このことを話題にのぼせておりました。昭和初期、硫黄島が戦場となる前に住んでいた方々は「いおうとう」と読んでいたし、日本軍も「いおうとう」だった、そして今回正式名称が「いおうとう」と決まった。これでやっと、ある問題をおおっぴらに議論することが出来る、と。
 それは、日本が硫黄島を最初に領有した時の読みは一体どっちだった? という謎。
 こちらに小笠原諸島の歴史年表がありますが、これによると小笠原の領有宣言は1861年で、硫黄島(を含む火山列島)が正式に日本領になったのは1891年とあります。戦前居住されていた島民の方々からみても、半世紀以上昔のことになりますね。
 で、この時代はもしかしたら「いおうじま」って読んでたんじゃないか? と疑われる節もあるのだとか。しかしこの島を「いおうとう」と呼びたいという旧島民の意向や、戦中から戦後に至る小笠原の波乱万丈の歴史が、なかなかこの問題に関する議論を難しくしてきた面があるそうです。
 島の名前としてどっちが「正しい」ということよりも、島の呼び方を巡る変遷や名前に込められたイメージ、思いの歴史自体の方が、興味深い現象といえるかもしれません。そして今回の「いおうとう」正式名称化はその流れに一つの大きな区切りをつけたわけですが、これからどうなっていくのか、まだまだ関心を惹かれるところです。

 以上の話とは全く関係なく業務連絡的内容。
 本日MaIDERiA出版局サイトを久しぶりに更新しました。といっても「よりぬき『筆不精者の雑彙』」に内容を追加・その他色々修正を施し、トップでコミケ落選を告知した程度です。

 ここ数日、部屋の大掃除と模様替え、たまりに溜まった本や書類、史料コピー類の整理をしています。というか、今準備している論文の作業に色々と必要なのでコピー整理を始め、そのためには前に買ってあった本棚を設置して書物などの整理をする必要があり、本棚を置くには部屋の大掃除と模様替えが必須だったという因果関係ですが。
 まずまず順調にこの作業は進んでおりますが、その整理ついでにブログも整理、というわけでは特にないつもりですが、昨日完結した「お気楽アメリカ紀行」の記事が、従来のカテゴリ分類では「鉄道」だったり「歴史」だったり色々に亙ってしまってどうもすっきりしないので、「タグ」なる機能を使って「旅行記」という分類を別に作ってみました。
 で、一つだけなのもなんなので、これまた「歴史」ネタだったり「漫画」だったりいろいろな、イベントを見に行ってレポした記事のためのタグ「イベント・展示会等見学記」というのも拵えてみました(「イベント」といっても同人誌即売会は含みません)。何か他に、こんなタグがあれば閲覧しやすいというご要望があれば、コメント欄にでもお寄せいただければ幸いです。もっとも「タグ」は20種類しか作れないらしいですが。
 しかし早くも問題発生。群馬の富岡製糸場を見に行ったのは「旅行記」か「イベント・展示会等見学記」か、どっちなんだろう(笑)? 泊りがけではないから「旅行」というほど大袈裟ではないし、あれは某学会の見学会だったし。しかし、気分的に北関東に出かけるのは「旅行」に相当する、という主観に基づいた厳正な判断により、「旅行」にしておきました。早くもタグに蹉跌の予感。

by bokukoui | 2007-06-20 23:59 | 時事漫言 | Comments(0)

柔道と軍隊について雑感 或いは臆面もなき嫌悪と妄想の告白

 諸事情でリビングにて某作業中、流れていたテレビの中で報じられ、まず耳を疑い、そして唖然となったニュース。
 ネットではこちら。
 [柔道]世界選手権代表ら陸自に体験入隊 井上は“尻込み”
 柔道男子の世界選手権(9月、ブラジル)の代表たちが6日、陸上自衛隊第1空てい団(千葉・習志野駐屯地)に体験入隊。高さ83メートルの降下塔の最上階で腕立て伏せや腹筋をしたり、地上11メートルの塔から飛び降りる訓練などに臨んだ。

 00年シドニー五輪優勝の井上康生(綜合警備保障)は高い所が苦手で、降下塔の最上階まで最後まで上がれず、飛び降りる訓練でも実行するまで塔の上で数十分間もしゅん巡。「今までこんなに怖かったことはない」

 斉藤仁・全日本男子監督は「塔から飛び出す瞬間は、技に入る瞬間と同じ。いかに腹を決める精神状態を作れるかだ」と体験入隊の狙いを説明する。もっとも、井上は「こんなことしなくても金メダルを取るよ」と言い訳していた。【来住哲司】
 この「精神」力を鍛えると称する(テレビでは「精神力を鍛える」とまんま言ってたように記憶)訓練に何の意味があるのでしょう。まさに「こんなことしなくても金メダルを取る」ことはできるでしょう。こんな阿呆なことをやっている限り、全くもって日本のスポーツ界というものは不合理性に満ち満ちている存在なのだと――日本以外の国も実はそんなに変わらないのかもしれませんが――と思ったのでした。
 小生の軍事知識は些か古い時代(半世紀以上前)に偏っているため、空挺部隊というのは降下するだけでも相当な危険がつき物というイメージがあります。今はどうなのかよく知りませんけど、やはり他の兵科と比べれば危険であろうと思います。そんな空挺の訓練に、基本的な肉体の能力は高いにしても、不慣れな柔道選手が参加した場合のリスクということは考慮されなかったのでしょうか。落っこちて打ち所悪かったら、誰が責任を取るのでしょう。
 そのリスクと引換えに、一体どれだけのリターンがあるのか、小生には全く理解できません。高所恐怖症だとしたって、畳の上で強ければ柔道選手として何の問題もありません。北京のオリンピックの柔道会場は空中に設けられるのでしょうか。それなんて格闘漫画?
 むしろ柔道選手が空挺降下を教わるより、空挺部隊に柔道を教えた方がまだ何がしか効果が望めそうな気がします。空挺部隊は軍の精鋭と相場が決まっていますし、陸自の空挺隊員なら柔道の心得も相当にあるでしょう。そういう交流の方がお互いに刺激になるんじゃないかと。

 ことほど左様に柔道に対して小生が無闇矢鱈と噛み付くのは、やはりいろいろと思うところがあるわけでして。
 思い返せば幼児より運動能力が低く、運動能力が人物評価に直結する小学校低学年の頃、休み時間に校庭に繰り出す旧友を尻目に教室の隅っこに引き籠って学級文庫の読破に勤しんでいたあの頃から、「体育」というものに肌合いの合わなさを感じていました。「運動会」なるイベントの不合理性もまた。運動的な、体育会系的な価値観と相容れない者にとっての運動会の苦痛とは、徒競走の順位なんかではありません(「手をつないで云々」は都市伝説説も)。あれは所詮一時の恥。
 最大の苦痛はあの延々と同じ動作を繰り返させられる「練習」、入場行進や「ダンス」なるもの。軍国主義教育の追放に熱心であったはずの日教組が何ゆえに運動会を撲滅しなかったのか、全く理解できません。昨今「ゆとり教育」見直しで授業コマ数の不足を補うために週休二日の廃止という声が出ています。小生は、運動会(の予行演習)を全廃する方がよっぽど手っ取り早く、実質的効果は変わらないのではないかと思うのです。

 幸い小生は中学受験をして、かなり特異な中高一貫校(東先生を輩出)に進みましたので、その後の六年間は運動会ファッショに付き合わずに済みました。運動会(体育祭)はありましたが、愚かしい練習はありませんでしたから。何でもその学校の特異な体育祭システムを発案した先生は、日本史の先生なのですが、左系の学会か何かでかつて名を知られていた方だったとか。流石によく民主化の何たるかを分かっておられたのだと思います。まあそんな学校でも、小生は一部体育教師と小競り合いを起したことがあるのですが。
 それはともかく、しかしこの中学生時代に小生は柔道に関して消えぬトラウマを心に刻み込まれることになります。といっても学校の授業に柔道があったわけではありません(剣道はあった)。小生は名だたる混雑路線で電車通学をしていたのですが、その沿線には学校も多く、なかんずくある学校――某S学園――は全国でも柔道の強豪校として名を知られた学校だったのです。
 今でこそ人並みの身長(174cm)の小生ですが、中学生頃は小学生と区別がつかない背の低さで、首都圏私鉄界随一の混雑率を誇る路線での通学はなかなか苦痛でありました。そのただでさえ大混雑した車内に、時として巨大な肉塊が存在するのです。某S学園の重量級の柔道選手です。あの肉塊(人間であると認識できない)と同じ箱に詰め込まれる恐怖。いつあの肉塊が、自分を押し潰しに来るのではないかという恐怖。車内で周りの人間たちにいいように押しやられる小柄な中学生は、肉塊と隣接する度に、自分の肉体が挽肉になり、骨が砕け散る幻想に苛まれます。多分実際に酸欠で朦朧としていたんだと思いますが、中学生時代のあの恐怖はとても筆では書き表せません。

 身長も伸びてそこまで恐怖を感じなくなった高校生の頃に、筒井康隆の短編「走る取的」を読み、深く感銘を受けました。この恐怖を見事に小説として結実させていたからです。
 この短編は、たまたま目が合ってしまった相撲取りになぜかどこまでも追い掛け回され、遂には首の骨をへし折られて殺されるという、不条理なホラー小説です。しかし読んだ小生は、これが少しも不条理な物語とは感じられませんでした。当然のことをただ描写しただけのようにすら思われたのです。

 この上更に、体育会的文化に対する文化的ハビトゥスの相違がもたらす苦痛、ということはもはや重ねて説明するまでもないでしょう。そういう人と会う危険性をなるべく減らすように小生は人生の針路を偏らせた結果、今ここにこうしています。
 小生の数少ない友人は、たいがい「オタク」の範疇にどこか引っ掛かりそうな人ばかりですが、それは「オタク」というものが体育会系的な文化的ハビトゥスとは異なった文化の人だから、と単純に信じていました。しかし、ことに近年の「オタク」の状況ですとか、社会での話題を呼んだ諸事件に関する「オタク」と称する(或いはそのような文化に親しんでいると見做される)人々のサイトやブログでの発言、さらには昨年末から多少読んでみた「非モテ」を巡る話題などから、或るいはこれは勘違いであったのかもしれない、と思うようになりつつあります。これは男のオタクにもっぱら限った話ではありますが、所詮彼らの多くはホモソーシャルな仲間内でミソジニーを肴に盛り上がっているだけの連中ではないかと。それじゃ実は根っこは体育会系とあんまり変わらないのではないか、そんな風に思うことが増えました。
 勝手な私見を述べれば、多分よりよき「オタク」は孤独を愛することが出来る人なのでしょう。そして自らの好きなものを愛でつつ、孤独と仲良く付き合って生きていくことが出来るのであれば、別に「モテ」なくても大した問題とは感じないでしょう。もしそのような人に恋人が出来るのであるとするならば、逆説的ではありますが、その恋人がそのような人が時として孤独でいる(いたい)ことを赦せる、そんな優しさを持った人と出会えたからだということになるでしょう。

 柔道の監督を皮肉る以上の意図はなかったのに、気がつけばえらく長文になっておりました。それはいつものことですが、柄にもなく湿っぽい話になって自分でも苦笑している次第です。今日の話は出典とか論拠とかをきちんと詰めて書いているわけではありません。
 折角空挺部隊が登場してくれたのですから、今日はノルマンディー上陸作戦63周年の日でもありますし、この戦いではアメリカ第82・第101空挺師団、イギリス第6空挺師団が大いに活躍しましたから、もそっと戦史の話題でも書けばよかったのですが、どうも妙な方向に行っちまいましたね。それだけ体育会系に対し内心(自分でも意識しないほど)思うところがあるのでしょう。

by bokukoui | 2007-06-06 23:59 | 時事漫言 | Comments(7)

眠い

 どうも不調につき本日休業。
 まあ昨日付けで事実上二本記事を書いたということで・・・

 ロシアのエリツィン大統領が亡くなったそうで。
 ゴルビーやエリツィンの時代のロシアは、ある意味「よい」というか、周辺諸国がロシアの進む方向を好意的に見ることが出来たような印象がありましたが、その後すったもんだの末、プーチン時代になって「あるべき」姿に落ち着いたという印象があります。つまり何やらかすか分からない、おっかない国だということで。
 ジョルジュ・ボルトリ『スターリンの死』に、ソ連が自国にやってきた外交官に対し厳しい移動制限を課し、モスクワ近郊の町ですら「宇宙の星のように」行くことが叶わなかった、という一節がありましたが、今のロシアも旅行者が自由に国内を巡るのはかなり難しいそうです。大体帝政ロシア時代の農奴に移動の自由はなかったし、ソ連時代も自国民の国内移動すらパスポートが要ったわけで(まあそういう国は、19世紀頃までは結構あったようですが)、まして外国人においてをや、というわけなんでしょうけど。
 ソルジェニーツィンの作品の舞台になったコーチェトフカ駅を見に行くのは、かなり無理そうですな。

 書きたい話題は多々あれど、どうも色々不具合が多くて・・・

by bokukoui | 2007-04-23 23:59 | 時事漫言 | Comments(4)

なんとかして

 今日こそは短く。昨日は全然短くなりませんでしたので。

 エチオピアのソマリア侵攻ニュースをちょっと探していたついでに、こんな海外ニュースを発見。

 英女王の発音、庶民にぐっと近づいた!?=ミュンヘン大教授の研究

 もっとも、記事の題名にあるように「庶民」に近づいたというのは、はちょっと言いすぎのような気もします。
 received pronunciation = 容認発音について幾つかのサイトを参酌するに、この容認発音とは「上流階級に容認された」という意味だそうです。記事を読む限りでは、エリザベス陛下のご発音は「上流容認発音」から「標準容認発音」に変ったそうですが、結局のところ容認発音内部の変化であるのならば、大局的には庶民と違う上流階級内ということに変りはないのではないか、とも思われます。
 ただまあ、「ハイソ」「パンピー」くらいの階級差は存在しているとしても、王室や貴族のような限られた超上流階級というのはもはや絶滅状態である、というように解釈するのならば、それなりに合理的かなと思います。
 もっとも、ここらへん論者によって容認発音の定義や範疇などが異なるかもしれないので、あくまで単なる思い付きということで。

※参考にしたサイト
英語の訛りの特徴を分析する「ゴスフォード・パーク」
RP(容認発音)とアクセント

 全然関係ありませんが、pgρ氏に創価学会の音楽コレクションを貰ったのでBGMとして愛聴中。もっとも、学会歌は軍歌・労働歌の亜流と考えられるので音痴にやさしい「バリアフリー音楽」かと思ったら、歌自体は合唱になっちゃってました。
 このところ、仕事上で前の教室にいた4年間に一度したかどうかのミスを連発しへこんでいるので、精々学会ソングで空元気でもつけるとしましょう。

by bokukoui | 2006-12-28 23:58 | 時事漫言 | Comments(5)

今日こそは短く

 忙しいはずなのに昨日は長々と書いてしまい大後悔。
 今日はほんとに手短に。

 昨日紹介した「教育再生 有識者からの提言」とは、「日本教育再生機構」という、やっている「民間タウンミーティング」「民間教育再生会議」というお題からして、要するに「教育再生会議」別働隊的役割を果たしていると考えるのが妥当と思われる団体のコンテンツでした。「提言」からトップページに行けない不親切設計だったので、小生は昨日これら「提言」記事の性格を深く考えずに記事を書いてしまいました。
 で、先ほど「日本教育再生機構」のトップを見ていたところ、「教育再生への提言はこちらから」なんて掲示板みたいな書き込みをするところがあるし、「提言」の個々の記事にはこれまた掲示板の書き込みのように時刻が載っているし、そのURLをみると cgi なんて文字も入っているので(小生はコンピュータにちっとも詳しくないので正確なところは分かりませんが)、これは「提言はこちらから」から書き込んだ内容をそのままアップする掲示板みたいな性格のものなのでしょうか。
 もっともそれにしては面子がやはりある方向の人びとがかなり集まっており、しかもそれなりに名が通っていて忙しそうな人びとですから、自由意志でここまで集まるとも考えにくく、おそらくこの団体の事務局が依頼して、会員や賛同者の人たちに書き込んでもらっている/貰ったコメントを誰かが代打ちしている、というあたりかなと推測します。

 で、掲示板の書き込みに近いものなので、皆長さはごく短く、たいした濃さや深さを持ってはいないものばかりですが、流石に数が多いので、小生が適当にピックアップして斜め読みしたものの中でも、少なくとも部分的には、意味ある箇所も見出せます。しかしまあ、やはり長さの制約が大きいのでしょうが、大体のものはどこかで見たことがあるような、お約束のテンプレートを思い起させるものにとどまっているのは否めないところです。
 しかし、そんなこの「提言」の中から一つ素晴らしく個性的なものを見つけました。もっともこの場合の「個性的」というのは、あまりにも酷いので忘れられないという意味ですが。

 それは、「教育再生」に向けた提言/島田洋一(福井県立大学教授、拉致被害者を「救う会」副会長)です。
 大して長くもないので、以下に全文をコピペしておきます。
 新政権誕生から4日目の9月29日、首相官邸において、安倍晋三首相、塩崎恭久官房長官はじめ政府「拉致問題対策本部」関係者と拉致被害者「家族会」、「救う会」役員による懇談会が行われた。終了後、横田早紀江さんが記者団に対し、首相が思わず涙した場面が大変印象的だったと語っていた。
 実は私もその場にいて、強い衝撃を感じた一人である。私の記憶では、あれは出席者が一渡り発言し、司会役の中山恭子補佐官が首相に再度コメントを求めた時だった。いつも通り話し出した安倍氏が、「五人の被害者の方がタラップを降りてきた時の喜びを、他の皆さんにも味わわせねばならない、今は私がその責任をもつ立場にあります」という段になって突然声を詰まらせた。すぐ持ち直したものの、テーブルを囲んでいた約20名のみならず、壁際に椅子を並べメモを取っていた多くの政府関係者にも、首相の決意と責任感がこの上なく明確に伝わったはずだ。
 官邸から帰る道すがら、全く対照的な場面が脳裏に甦ってきた。5,6年前、後輩の結婚披露宴直前の控え室でのことである。話が拉致問題になり、五百旗頭眞氏(現・防衛大学校長)が興味なさげに次のように語った。「拉致なんて取り上げるのは日本外交として恥ずかしいよ。あんな小さな問題をね。こっちは、はるかに多くの人間を強制連行しているのに」。
 私が「救う会」に関わっているのを知る何人かが、一瞬身を堅くするのが分かった。反駁しようかと思ったが、場が場だけにグッと押さえた。それだけに一層不快な記憶として残っているのだろう。その後五百旗頭氏が認識を改めたことを望むが、次代の国防を担う若者たちが、「拉致なんてあんな小さな」という空気のもとで教育されてはならないと思う。
 安倍首相を突き上げた思いが、できるだけ広く深く教育の場に浸透していくよう願っている。
DATE: 2006-10-26T11:04+0900
 これは凄いです。
 この「提言」、その内容の出来不出来はあっても、とにかく「教育」に関する何がしかの言説を集めたものではありました。しかしこの島田氏の提言は凄いですね。なにせとってつけたような最後の2行以外教育と何の関係も無いんだもの。「教育」の代わりに、「憲法改正」とかでも全く同じ様に文章をでっち上げられるでしょう。いくら「救う会」副会長だからって。「再生機構」の他の人はこれをどう思っているのでしょう。
 しかも、末尾以外の本文にしたところで、実はこれ拉致問題についても何も語っていませんね。要約すれば「安倍首相は素晴らしい、五百籏頭眞はケシカラン」ってだけです。ゴマすりと個人攻撃以外の何をも読み取ることは出来ません。拉致問題がただの私怨に摩り替わっています。「救う会」の他の人はどう思うのでしょう。

 こういったある種「人間らしい」欲望が露骨に表れている裏には、きっと何か個人的で「人間らしい」理由があるのでしょう。小生は政治学には全く疎いですが、それでも五百旗頭眞氏の名前ぐらいは知っています・・・って、ご子息の五百籏頭薫氏が日本政治史の研究者だからですが(笑)。より大物の学者(でしょう、著作とかざっと調べましたが)に拉致問題を振りかざして噛み付くその姿は、一体拉致問題をどう考えているのかと思わざるを得ません。島田氏は北朝鮮問題でよくテレビに出てくる伊豆見元氏にも拉致を振りかざして噛み付いておられるようです。これが島田氏の芸風なのでしょう。
※参考リンク:「世に倦む日日」より「謀略の解読」「安明進証言と蓮池薫証言の矛盾」これもこれで謀略論ですが、しかし島田氏のような「救う会」関係者の行動からすれば、このように見られても仕方ない面はあるでしょう。

 島田氏がこういった行動をとる背景には、何がしか学会での勢力争いや人間関係、学閥のようなことが影響しているのかもしれません。島田氏は八木秀次氏と親しいらしいので、このような「提言」の趣旨と外れた頓珍漢な文章も、ボツにすることが出来なかったのでしょうか。
 小生は一応大学院生で、こういった類の業界の一つの末席に連なっているはずなのですが、このような人間関係に自分でも変だと思えるほど情報収集の意欲が無いので(どころか、一般的な自分の周囲の人間にもかなり無関心です。そういう意味では「非モテ」的かもしれません)、もうこれ以上どうでもいいですが。

 以上だらだらと書いたことは、結局「日本教育再生機構」のサイトの「顧問」で、「伊藤隆」という名前を見つけてしまったやるせなさをやつあたりしてごまかしているだけであるということは、重々自覚しております。

by bokukoui | 2006-12-27 23:59 | 時事漫言 | Comments(0)