とうとう予定の半分も片付かぬまま、8月も終わろうとしております。暑さもあって何もかも億劫になっていた我が身の不徳の致すところではありますが。
で、ブログの方も予定している記事は幾つもあるのですが、大幅に積み残しております。そのような不良債権的記事中でも最も問題だったのが、先月20日のロフトプラスワンのイベント月刊『創』主催の「マンガの性表現規制問題徹底討論」のレポでした(苦笑)。前篇はともかく、後篇「続レポ・『マンガの性表現規制問題徹底討論』および雑感」はイベント3日後に途中まで書いてアップしたまではまあいいとして、その後1ヶ月以上放置しておりました。
が、やっとこさ数日前に、今更ですが、完成させておきましたので、奇特な方はどうかご参照下さい。該記事の末尾に書きましたように、動画中継やツイッターなどのある昨今にまとめでもあるまいかと思って途中で書く気力を喪失していたのが直接の理由でしたが(反響もなかったし)、少し時間をおいて考え直すことにも多少の価値はなからんかと思い、レポを纏めておいた次第です。しかし、例によって例の如くというか、時間が経って考え直せば考えは拡散して纏まるはずもなく、結局レポまとめの落ち穂拾いとして本記事を書いておくこととしました。

この附録冊子は、『リュウ』本誌連載作品の中から4作品を選んで、「エッチ度200%アップ」な番外編としたものだそうです。以前に「『リュウ』編集部はえっちな漫画を出してみたかったんじゃないか」だとか『裏・COMICリュウ』とでも題して、今の連載陣でエロマンガ雑誌を出したらどうかなどと半分冗談で書いておりましたが、本当になって嬉しいというか正直びっくりしました(笑)。
で、連載陣の中から『リュウH』に選ばれた栄えある? 作品は以下の通り(掲載順)。
・いけ「ねこむすめ道草日記」
・ナヲコ「なずなのねいろ」
・天蓬元帥「ちょいあ!」
・アサミ・マート「木造迷宮」
それにしても、今にして後悔しているのは、上に挙げた「マンガの性表現規制問題徹底討論」のイベントの前に、これを読んでいかなかったことです。買ってはいたんですけど、例の如く読んだのは月も改まってだいぶ経ってのことでした。読んでいれば、大野修一『リュウ』編集長にいろいろ問い質したんだけどなあ(笑)。このイベントの日、(あんな質問をしておいて)終了後大野編集長に『非実在青少年読本』にサインして貰いました。そのついでに多少お話をさせて貰ったのですが、『リュウH』を読んでいれば作家のセレクションの理由とか、『リュウ』の今後のH方面の展開構想とか聞けば良かったのに、と後悔している次第です。
その際のことは、一月以上経っているので、細かいことはあやふやになってしまっていますが、安永航一郎『青空にとおく酒浸り』の単行本がなかなか出ず、今でも3巻までしか出ていない(5巻は出せるはず)のは、安永先生にその気がないから(たまたまそうでもなかった時期に、単行本企画を進めたそうです)であって、雑誌を買わせようという編集部の陰謀ではないそうです。安永先生のさる旧作が最終巻が出ないまま数年経っているのは編集部となにやらあったためらしいですが、『リュウ』編集部はそんなことは現状ないようなので、読者は瀬戸内海の西の方に「単行本だせ~」と電波を送りながら気長に待つとしましょう。
なお、『非実在青少年読本』について大野編集長がインタビューを受けている記事(の転載)を発見しましたので、以下にご紹介しておきます。
大野編集長からは、短い時間のお話でしたがいろいろな企画を立てて『リュウ』を盛り上げていこうという熱意が感じられ(押井監督の本は売れたので続篇を出すとか、プラモ関係の企画とか)、最近は長期連載作品がいくつか完結を迎えたりもしていますが、今後ともいろいろ展開していくようです。『リュウH』も、『非実在青少年読本』にとどまらず、実際にマンガで非実在青少年の「H」なものを実践しようという試みなのかも知れません(そういえば、『非実在青少年読本』のアンケートに答えているマンガ家や作家には『リュウ』関係者が十数名もいるのですが、『リュウH』の執筆者とは一人も重なっていないんですよね)。
あ、そうそう、ナヲコ先生の担当編集者は大野編集長ご自身だそうで、・・・ということは『なずなのねいろ』1巻や『からだのきもち』巻末あとがきマンガに出てくる編集者って、大野編集長だったんですね。ナヲコ先生の描いた大野編集長像を、『とりから往復書簡』での大野編集長の描かれ方と比べると、なかなか楽しめます(笑)
というわけで話を戻しまして、『リュウH』の掲載作選びの基準は不明ですが、ナヲコ先生の登板はまずもって順当ですね。他の方の作歴はよく存じませんが、商業誌で成年コミック描いていたのはナヲコ先生だけ・・・でいいよね?
で、高校生青春三味線マンガがどう「H」になるのか? 三味線とエロといえば小生がまず思いつくのは、中島らも「寝ずの番III」です。「寝ずの番」は映画化されてまして、予告編はネット上で見ることが出来ます(リンク先はいきなり音声が出るので注意)が、この中で堺正章や中井貴一などが演っている、こんなのを三味線部のみんなで歌うってのは・・・違いますかそれ。確かに津軽三味線と今里新地の芸者の三味線はそりゃ違・・・以前の問題ですね、はい。
閑話休題、「なずなのねいろ」の『リュウH』版とは、花梨さんと眞さんの二人のお話でした。本編で既にただならぬ関係であったことがそれとなく描かれていた二人の関係が、過去に遡って描かれます。親族関係としては姪と叔父が、三味線の弟子としては先輩(兄弟子ならぬ姉弟子?)と後輩、という捻れた関係だった二人が、眞さんが三味線を捨ててギターに持ち替えたことをきっかけに、一線を越えていくのですが・・・花梨さんの表情が素晴らしいですね。
そして、本作は12ページの短編ですが(最近は「なずな」の連載は毎月12ページなんですが)、この後ろにあと4ページ「然るべき」続きを描き足せば、その昔の『COMICアリス倶楽部』なんかの掲載作同様に・・・と前世紀以来の読者である小生はつい思ってしまいましたが、それだけ誌面に直接描かれていなくても、余白に感じさせるものがあるわけで、それこそはナヲコ先生の特長であると思います。
他の作品について簡単に触れておくと、いけ「ねこむすめ道草日記」はスケベな河童が盗撮を試みる話ですが、むしろいつもの「道草日記」と同じく楽しいのどかなお話であっても、そんな「H」ってわけでもないと思います。天蓬元帥「ちょいあ!」は・・・こういう即物的なハダカの描写は中学生が好きなんじゃないでしょうか、こういうのは。アサミ・マート「木造迷宮」は4ページの掌編で、ヤイさんが行水中わんこにじゃれつかれてどうこう、というたわいない話ですが、ヤイさんのおみあしの描写に力があり、特に足の裏がなかなか。大谷崎を彷彿・・・ってのは流石に褒めすぎか(この号の『リュウ』本誌の4コマに谷崎が登場してたなあ)。
というわけで、「H」といっても4作品は異なっていて、そこらへんが大野編集長の狙いでもあったのかなあと思います。とはいえこの4作品を比較すると、ナヲコ先生の作品の「H」さはかなり性格が異なっているように感じられます。先にも書きましたが、直接的に脱いでるとかはだけてるとか、そういう描写は「なずな」にはないんですけど、読者の心の中に想起されるものが圧倒的に「H」だってことです。
もっともそれだけに、一見してはその意味がわからず、ネット上では『リュウH』のレビューで「なずな」を「エッチじゃない」などと書いている輩もいたりするわけですが・・・まあ本編の文脈にも多少依存している以上、そういう感想が出るのもしょうがない、かな・・・しかし即物的な描写ばかりに目を奪われるのも、ちょっと寂しい気もします。
で、そんなナヲコ先生の特長(もちろん直接的描写もその気になればすごいことは、『Sweet Sweet Sister』読者ならご存じでしょうが)を発揮した本作について、作者ご自身がツイッターでご感想を述懐しておられましたので、以下に引用紹介しておきます。
つくづくおきらくHが描けないらしい…。←リュウHを見ながら
3:30 PM Jul 20th webから
決してそうではないと思いますが、そうと仮定したところで、それは作者の個性として特長と捉えればよいものと愚考します。
さて、以上マンガと「H」、つまり性的描写の話をして参りまして、またこれまでにも東京都条例案の「非実在青少年」問題に関連するなどして、この種の話題を当ブログでいくつも扱ってきましたが、それについて今まで書き漏らしたようなことを少し補足しておきたいと思います(大まかには今まで書いたことと重なっていると思いますが)。この問題に即していえば、ナヲコ先生の作品は、直接的描写は一見おとなしくても、含むものが別個あるところに、性を描写することの面白さや奥深さ、表面的な規制では掴みきれない何かが存在していることを示唆するようにも思います。
それはともかく、以下は纏まらぬ思いつきの雑彙なのでお暇な方だけどうぞ。
(纏まらぬ思いつきの雑彙なのでお暇な方だけどうぞ)
▲ by bokukoui | 2010-08-31 23:59 | 漫画 | Comments(2)