
さる3月いっぱいで、中国地方のローカル線・三江線が廃止されました。中国地方のローカル線はどこも厳しい状況にありますが、中途半端に新しい三江線は観光の要素にも乏しく、比較的長距離だったため沿線に多数の自治体があって利害調整が難しかったこともあり、結局廃止に至りました。
小生は芸備線や木次線、現在は一部区間が廃止された可部線などには乗ったことがありましたが、三江線は残念ながら乗る機会がありませんでした。なので、「葬式鉄」と揶揄されても、今度ばかりは乗らないと機会を逸するというわけで、この3月に重い腰を上げて乗ってきました。
で、このブログは鉄道の話題も多いので、その旅行記・・・というわけではなく、それは多くの人が書いているでしょうから敢えて当ブログでは触れず、その道中で出会った鍋焼うどんについてレポートします。
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ここでいう歴史修正主義とは、欧州におけるホロコースト否定論者を代表とする、歴史――もっぱら近代の虐殺などの不祥事を「でっちあげ」と主張してなかったことにしたがる言説や活動のことです。昨年『否定と肯定』という映画が公開されて、一般にも多少は話題になった……というほどでもないでしょうか。
歴史学は史料を調査し、史料を読み解いた研究を積み重ねて体系づけられています。しかし歴史修正主義者は、史料を得て勝手に操作し、信憑性の低い史料を過大評価したり、史料の文意を捻じ曲げたり、都合の悪い史料を無視したり、先行研究を「ユダヤの陰謀」「共産主義の手先」などと難癖をつけて、自分にとって「心地よい」妄説を繰り広げます。これに「心地よさ」で賛同した徒輩が便乗して、互いに盛り上げ合って「自分たちは正しい」というつもりになるのです。こういったことについては、当ブログでも9年前に、今は亡き雑誌『諸君!』での、秦郁彦先生と西尾幹二氏の対談を材料に論じました。 これからもう10年近くも経ったわけですが、歴史修正主義をめぐる状況は悪化こそすれ、マシにはなっていません。ことに現政権は、日本で歴史修正主義(主に「南京事件はなかった!」「従軍慰安婦はただの売春婦だ!」「大東亜戦争はアジア解放の正義の戦争だ!」最近は「関東大震災の朝鮮人虐殺は正当なテロ対策だ!」など)的な言説を広める勢力と関係が深く、教科書などへの圧力は日に日に高まっている感を受けます。先のブログで述べたような、史料に基づいて確からしいことを積み上げていくよりも、自分が「正しい」と思うことはまず「正しい」と決めつける世界観が、今の日本――のみならず世界も――に蔓延していると感じざるを得ません。最近問題の公文書改竄事件も、その延長線上にあるのではないかと小生は考えていますが、それはまた別の機会に。
とまれ、かかる状況にあって、幸いにも若い学生の皆さんに教養の歴史を伝える機会に恵まれたのであれば、こういった歴史修正主義への問題意識を持ってもらうに如くはないと小生は思いました。そこで話の枕にしたのが、本記事のテーマである「『歴史修正主義』書籍の広告」なのです。
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なんだか食べ物の話題ばかり続いている当ブログですが、さらに追い打ちをかけます(笑)。まあ、ひと月に三回も更新というのは数年ぶりの快挙で、これからぼちぼち種々の内容も増やしていこうと支度はしております。
というわけで、以前訪ねたのにお蔵入りになっていた鍋焼うどんを再訪する企画の第三弾、場所は前回の「変わりゆく神保町~さらば「天丼いもや」「とんかついもや」そして」とそう遠くない、同じ千代田区内です。地下鉄の駅でいえば、半蔵門駅のすぐそばの、麹町 長寿庵を訪れます。
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「天丼 いもや」の張り紙もこれと全く同じ
当ブログは長年様々な話題を提供して参りましたが(最近は更新が停滞してますが…)、その中で長年安定して来訪者がある記事はといいますと、やはり神保町の「神田天丼家」(旧「天丼いもや」)の移転を扱った記事なのです。また、神保町を怒涛のように駆け抜けてどっかへ行ってしまった「天ぷら革命 ふじ好」関係の記事も、安定したアクセスをいただいているようです。 そして、今月に入ってまたも、これら神保町関係の記事――さらに古いものでは「天丼 いもや」が「神田天丼家」に改称した際のものがあります――へのアクセスが増加しているようです。とはすなわち、神保町の諸店をとりまく状況が変わろうとしているということなのです。それも、大変残念な方向に。
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