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永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(1)

 いろいろお世話になっている、というか小生としてはお願いしたい筋があるので逆らえない、昼間たかし氏から要請があったもので、こちらのイベントに行って物販のお手伝いをして参りました。

『マンガ論争勃発2』発売記念!! 昼間たかし東大入学お祝いイベント

 タイトル長いですね。
 出演者は以下の通りです(上掲ブログより引用+一部加筆)。
市川孝一(コミックマーケット準備会共同代表)
金田淳子(社会学者)
塩山芳明(エロ漫画編集者・文筆家)
武田“コックローチ”圭史(赤ブーブー通信社)
中田雅喜(漫画家)
三崎尚人(同人誌研究家)

増田俊樹(映画監督)
大塚麻恵(女優)

鈴木邦男

永山薫(批評家)
昼間たかし
(ジャーナリスト/東京大学大学院情報学環教育部研究生)


 今回のイベントは、『マンガ論争勃発2』発売を機会に行われたものです。永山薫・昼間たかし両氏は、一昨年末『2007-2008 マンガ論争勃発』を出版されまして、ご存じの方も多いと思いますが、同書はマンガなどの表現の置かれた状況について、さまざまな立場の人の話をとにかく「聞く」ことによって、混沌としたこの状況の羅針盤を掴む手がかりを与える一冊でした(直接「答え」を与えるわけではないのがミソです)。それから一年(の筈が4ヵ月長くなりましたが)、マンガを巡る状況の厳しさは麻生首相になっても変わらず、不景気のためだけではなく更に厳しさを増今日、同書は更にパワーアップして帰ってきました。これは決して修辞ではなく、並べてみると分かりますが、『マンガ論争勃発2』は前巻より厚くなっています。それでいてお値段は据え置きというところが、本書発行への熱意の一端を感じさせます。

 本書の内容についてはリンク先の出版社サイトをご参照いただければと思いますが、著者の方々のブログに参考文献一覧が上がっていますので、リンクしておきます。取材した方々のお名前もネット上に載せればと思うのですが(前巻は載ってるのに)。
 さて、当ブログでは前巻出版時のイベント「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」のレポを以前掲載しましたが、その因縁で関係者より今回もレポを書けという圧力をかけられております。しかし今回、小生は多事多端につき余裕がありませんので、ごく雑駁なものしか書く余裕がないことをご諒承下さい。くたびれている上に、忙しくて「マンガ論叢勃発2」自体買っていなかったので(この日、物販の仕事ついでに自分で買いました)、いわば予習不足であるため、メモの精度自体下がっています。
 ですので、今検索したところ以下のレポが既に公開されておりましたので、そちらもご参照下さい。

・マガジンひとり
 「イベント『マンガ論争勃発 - 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても…』」


・崩壊日記(出張所)
 「『マンガ論争勃発2』発売記念!! 昼間たかし東大入学お祝いイベント 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても・・・」


・ムキンポの忍者ブログ
「『マンガ論争勃発2』発売記念!! 昼間たかし東大入学お祝いイベント 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても・・・ 」
(写真中心)

※追記:その後発見したレポを以下に追加します。
・よた話
「『マンガ論争勃発2』発売記念イベント」


・Gamer's Blog
「ちょっと真面目な表現規制のはなし」
追記ここまで
 ではイベントの模様について。

 18時開場19時開始でしたが、開場と同時に10名程度の方が来場、18時半頃で50人程度に達し、19時には80人くらいになっていたのではないかと思います。聞いた話では事前予約が60人を超え、来場者は最終的に100人くらいになったのではないでしょうか。立ち見も出ていましたので。
 19時を少し廻ってイベント開始、まず永山氏登場、「今回のイベントは『漫画論争勃発2』発売記念と、あとなんか昼間が「東大入った」とかうわごとを言ってるので」
 昼間氏はこの四月から東大の研究生になられまして、その所属は「東京大学大学院情報学環境学部」なるところと『マンガ論争勃発2』巻末の著者紹介のところに書かれております。
永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(1)_f0030574_19293170.jpg
『マンガ論争勃発2』奥付より

 へー、情報学環が「情報学環境学部」の略称だったなんて初めて知ったなあ、と思って検索したら引っかかりません。やはり「東京大学大学院情報学環」が正式名称です。「情報学環境学部」なんてのは存在しません。
 ・・・昼間氏は学歴詐称? ニセ学生? 疑惑が深まるばかりです。

 ちなみに壇上には、昼間氏の東大入学を祝して花束が届けられていましたが、送り主は、首ちょんぱで兎角話題になったゲームの製作会社・オーバーフローのメイザーズぬまきち社長でした。

○塩山芳明氏のお話

 閑話休題、まず最初のゲスト・下請けエロマンガ編集者の塩山芳明氏の登場です。氏の最新刊『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』の編集者・奥山さんが、葬式のアナウンスそっくりの調子でナレーションを読み上げて、塩山氏登壇。
 で、メモが不整なので、以下の内容は話された内容のごく一部、とびとびです。

塩山氏
「昔は幾つもエロマンガ下請けの編集プロダクションがあったが、今はほとんどない。編集者も、55歳で現役なのは自分だけ。月刊誌はなくなり、隔月の雑誌をやっている。

 この十年はマンガが没落する十年だった。そんな中で、ティーアイネットは先日創業十周年記念パーティーをやった。今時十周年を祝える会社なんてない。
 ティーアイネットの高橋大編集長様は、週刊少年ジャンプ方式を採っている。連載した漫画家が単行本を出して、売れなかったら即刻切ってもう使わない。ハードボイルドな人。『BUSTER COMIC』のマンガを一部担当させてもらっているが、最初は7、8本やっていたのが今では2、3本に。
 でも十周年パーティーなんてやると駄目になる、潰れる。○周年パーティーやってすぐ潰れたのは多い」

昼間氏
「塩山さんの本(『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』)には、いろいろな人の生きざまが描かれていますが・・・」

塩山氏
「おメェ、『生きざま』って、よくそんな恥語が使えんな」

昼間氏
「・・・えー、その、塩山さんがどうやって娘さんを大学にやったのかとか」

永山氏
「エロマンガバブルの頃は儲かった?」

塩山氏
「儲かった。『体験的在日韓国人損得論』書いてる吉田のバアさんとプロダクションやってたが、毎月『こんなことが続くのかねえ』と言い合っていたのが、十年続いた。
 バブルで、それまで1万だった初版が2万とかになった。それが今では6000とか。印税はこの業界8%だが、6%なんてこともあるのでは。元々久保書店が印税率低かった代わりに単行本を出してくれたが、総久保書店化している。印税が消費税率と同じだとか、最近は改訂前の税率だなんて噂も。
 久保書店はストリッパーが流れ着く場末の小屋みたいなところ」

(メモ欠落)

塩山氏
「田母神さんの娘さんがウチでバイトしてた。最初エロマンガを持ち込んできて、再録本の『キャンディクラブ』に一度載せたが、その後マンガが進歩しないので、バイトの方をやらないかと言った。
 お父さんよりよっぽどしっかりした娘さんだった。
『お父さんと塩山さんは考えが違いますね』なんて言ってた」

※田母神氏の「論文」については、過去に当ブログでも取り上げましたので是非そちらもどうぞ(宣伝)
「アパグループ『謀略に!翻弄された近現代 誇れる国、日本。』瞥見」
「『諸君!』秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊夫=真贋論争』を決着する」


永山氏
「最近、都の青少年健全の指定の方はどうか」

塩山氏
「最近はひどい。昔はあまり呼ばれなかったが、最近は規制が公共事業化している。役人が偉そうになった。昔は都の人は、『こんな恥ずかしい仕事やだなあ』という、伏し目がちな感じだった。
 この間都に呼ばれて行ったら、ニシムラというクソ野郎、体育教師の脳味噌筋肉みたいのが出てきた。名刺を見て、『キミ、(註:出版社の)社長じゃないの~』とか抜かす。『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』には間に合わなかったが、もし間に合う時期だったら必ず実名で書いてやった。
 一緒に行った一水社の野郎がペコペコしてた。都の規制はあくまで自主規制なのに、そこまでペコペコすることはない。

 警察は恐い。警察にはペコペコする。ペコペコしないのは末井昭だけだった」

永山氏
「塩山さんは暴力や権力に弱いですからね」

塩山氏
「学生時代デモに行って、殴られるのが恐いから集団の真ん中の方にいたら、一緒にいた女の子に『何隠れてんの! 外に行きなさいよ!』と怒られた。それで左翼やめた。

 都の話に戻ると、石原都政がもう三期目で、石原のような偉そうな規制ぶりが下にまで浸透してしまっている。(註:この辺メモ不整につき言葉が違っているかも)
 ニシムラに『あんた内務省の役人みたいだね、これは自主規制の問題だろ、審議会で決めることだろ』と言ったら、『イエ、審議会は参考にするだけです、
石原慎太郎が決めるんです!』と言った」

永山氏
「語るに落ちましたな」

塩山氏
「空手でもやってたら、こいつ殴りつけてやろうかと思った。
 警視庁は、最近は滅多なことでは呼ばない。今は天下りの利権にもならないのに余計な仕事をしない。80年代の警察はしょっちゅう呼び出していたが、利権もないのによく仕事をしていたと思う。ある意味感心する。

 コンビニは都庁のシマになってる。子供が行くから、と理屈をつけて規制をかけている。コンビニを支配することで出版の支配をしている。そのうちコンビニに都庁の役人が天下りするんだろう。

 聞いた話では、ニシムラという馬鹿は、レディース系雑誌のタイトルの『Secret』が読めなかったとか」

昼間氏
「規制以前に、マンガ自体売れなくなっているのでは」

塩山氏
「その話は松文館の貴志社長に聞いたら。何でも、ネット配信したのを本にしたら全く売れなかったらしい」

 その他、永山氏が「塩山さんは最近文化人ぶってる」と突っ込んだり、塩山氏が『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』の特大帯のイラストを描いた、いがらしみきお氏との交友を語ったりされ、また会場からの質問にも答えます。

質問
「劇画から美少女マンガへの流れはどうだったのか」

塩山氏
「これはすごかった。劇画が80年代末、いきなり売れなくなった。
 これまで7~8万部から10万部刷ってたのが売れなくなった。だからといって、ロリコンマンガにはツテがないし、勝手が分からないから台割も引けない。
 その頃、桜桃書房が朝日新聞に『編集者・マンガ家募集』の広告を出した。劇画の大手の桜桃でもロリコンマンガのやり方が分からなくて、広告で編集者やマンガ家を集めようとしていた。

 しかし自分は、桜桃のような広告費はなくても、ロリコンマンガを書くような連中は群れたがる、ということを知っていた。千葉の方の・・・(メモ不整)あたりで連中がたむろしているところがあって、一人見つけて後は芋づる。上総志摩とか、中総ももとか。
 ロリコンマンガ家は群れたがる。まったく日本人的な連中。劇画家はもっと孤高。ロリコンマンガ家は逃げる。劇画家は締切守らなくても約束は守る。

 ロリコン漫画誌で一番売れてたのは『ロリポップ』、ではよし、と『ロリタッチ』にした。こういう模倣コピーライトは遠山企画(註:塩山氏が当時いた編プロ)が最初かも」

 その他、いがらしみきお氏の作品についてや、「杉作J太郎はバイトとしては使えない」なんて話が出てました。

永山氏
「印象に残っているマンガ家は」

塩山氏
「最近、鹿とレースクィーンの獣姦漫画描かした、やまだのら・・・」

永山氏(?)
「鹿!?」

塩山氏
「あと阿宮美亜」

永山氏(会場に向かって)
「諷刺というもおこがましい、薄っぺらな国労や日教組の批判を漫画に描いてた人です。ですが塩山さんとは思想が違いますよね」

塩山氏
「右翼にしては芸がある。
 劇画からロリコン漫画に移行する頃は、ああいう中間的な絵の人はよく売れた。阿宮美亜には、麻原彰晃が空中浮遊する漫画があって、よく売れた。でも、日教組にいじめられた右翼の女教師が日の丸に脱糞するコマは、さすがに白くしてしまった」

永山氏
「麻原は刷ったんですか」

塩山氏
「全体に網かけたけどな。
 でも、エロマンガ弾圧の後、劇画は全く売れなくなった」

 塩山氏のお話は大体以上だったと思います。塩山氏、最後に昼間氏に
「おメェ、司会下手だな。おまけに『生きざま』だの『コラボレーション』だの恥語連発しやがって」
 と突っ込んだところに、永山氏が
「昼間はお客の入りが多いとあがるんですよ」
 と、フォローだか追い打ちだかを。

○中田雅喜・金田淳子両氏のお話

 次いで登場したのが、ベテランのマンガ家・中田雅喜氏と、BL評論で有名な金田淳子氏です。永山氏だったか昼間氏だったか、「既に楽屋で、おふたりBL話でものすごく盛り上がってらした」と言ってたかと思いますが、この第2部はお二人がものすごい勢いで喋りまくり、おまけに小生はBLに全く疎いので、メモが更に一層怪しくなっております。中田氏の台詞と金田氏の台詞を混同している恐れも大。いやもうすごいマシンガントークでした。タイフーンとヴィルベルヴィントが撃ちあってるみたいな。

昼間氏
「楽しいお客さんをお迎えしました。マンガ家の中田さんとBL研究者の金田さん。中田さんはロリコン漫画の元祖の『漫画ブリッコ』に描かれ、『ペンギンクラブ』にも創刊号から書かれていました。女性のエッセイコミックの先駆け、というかエッセイコミック自体の先駆け」
と、創刊号の『ペンギンクラブ』なんかを持参して会場に示す昼間氏。

永山氏
「今日はBLというものがどんなに危険で、エロマンガと一緒にしっかり弾圧して貰いましょう、という話を(笑)」

昼間氏
「BLについては、去年堺市の図書館で騒ぎがありました」

金田氏
「図書館から撤去したというBL本のリストが変だった。スニーカー文庫が入っていて変という声もあったが、スニーカーにはルビー文庫に近いものもあるのでこれは必ずしも変ではない。しかし逆に、古典的な大物が入っていない、栗本薫先生の『翼あるもの』とか。中学の頃、私はこれで60回ぐらい抜いたというのに」

昼間氏(?)
「撤去の基準は抜けるかどうかなのか・・・?」

中田氏
「『伊賀の影丸』の拷問シーンがエロい。ああいうので目覚めた。手塚もエロい。意識してエロをやっているのか分からないが、傍若無人」

金田氏
「『七色いんこ』なんて、あれこそ図書館に置いていいのか」

中田氏
「歳取ると、オナニーするとエクスタシーで足がつってしまいイケなくなる」

金田氏
「自分は中学の頃からつってた。運動不足で。でも足がつるのが恐くてオナニーできるか

金子氏(?)
「図書館問題でBL撤去派が、『BLなんて低俗なものが、私たちの敬愛する司馬遼太郎先生の隣にあるのはけしからん』と言っていて、もうおかしいといったら。新撰組が腐女子に人気なのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』のせいなのに(笑)。戦国ものでも、島左近と石田三成とか、『関ヶ原』の影響」

中田氏(?)
「司馬自身は“そういう”人だったのか」

金子氏(?)
「元軍人とかなら、海軍とかでは」

中田氏(?)
「海軍ならね。軍艦だし、海の上で女いないし」

 暴走とどまるところを知らぬお二人のトークに呆気にとられていた会場からやっと手が上がり、「司馬は陸軍ですよ。陸軍の戦車兵」
 それを聞いた中田氏と金子氏、「戦車か」「戦車もいいよね」「戦車でカーセックス」「で、イクと同時に大砲発射して」
 更に金子氏が鉄道擬人化BL同人誌を持ち出して力説されていたかと思いますが、小生も呆気にとられていたのかこの辺メモが欠けてます。もっとも擬人化の必要すら感じない鉄道趣味者の方が変質者なのかも知れません。個人的な話で恐縮ですが、小生はハダカの女の子の写真集や二次元美少女の画集など見ていてもすぐに飽きてしまいますが、電車や軍艦の写真集や図面集は何年経っても飽きることがなく、十数年来眺めて楽しんでいる蔵書も少なくありません。
 気を取り直して次の話題。

中田氏
「自分の若い頃の漫画には、BLというか男と女を変化するメタモルフォーズなのが多かった。
 自分は1954年生まれだが、その頃は女性がもっと抑圧されていた。だから女性が男性のヌイグルミの中に入って自由に恋愛する、というスタイルだったのではないか。そんなに即物的ではなく、シチュエーションにこだわった。即物的なものにドキドキするのは中高生頃。
 自分も即物的な描写(潮吹きとか)はほかの人が一生懸命描いていると、自分は別にいい、特異なところで描こうと思う」

 その後、フィルムセンターで現在やっている怪獣・SF映画特集の話に。これまで低級なものとして、東京国立近代美術館の一部であるフィルムセンターから無視されていたSFやC級時代劇も、やっと扱われるようになった。それは世代交代により、SFなどに詳しい学芸員が着任したから。

金子氏
「自分も大学でBLを研究する時、教授を説得するのが大変。エネルギーの8割は説得、2割で研究」

中田氏
「マンガ家と編集者みたい」

 ここでマンガ家と編集者の話から、中田氏のところに大塚英志がやってきて、ロリコンマンガを描かせた時の話に。何故ロリコンマンガかといえば、

 毛を描いてはいけない
 →毛を描かないで裸を描いたらなんか変
 →ではもともと生えてない幼女にすれば


 という理由だったそうです。ヘアヌード撮ると捕まるから少女の写真集を作ったという、そっちの世界と同じ話ですね。

 中田・金子両氏のトークについてのメモはここまでです。どうもこの辺の話の面白さというか、猛烈な勢いをうまく伝えることができず、申し訳ない限りです。
 で、さすがに一つの記事としては長いし、時間的にもちょうど中間点まで来ましたので、ここで一端切ります。続きはしばしお待ちを。

追記:本記事の続篇はこちら→「永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(2)」

by bokukoui | 2009-05-20 23:58 | 漫画 | Comments(4)

自民党総裁選雑感~政権交代を知らずに僕等は育った

 あまりこういうことは普段書かないのですが、昨晩所用で某後輩氏に電話した際話題が表題のことに及び、一夜明けてあらかた忘れてますが(苦笑)備忘がてら以下に略記。

 自民党総裁に麻生氏が選出され、それ自体は当初の予想通りでしたのでどうということはないのですが、総裁選で「漫画を読んでいる」ということが売りになるという当今の世相に思うことしばし。テレビ報道(NHKしか見てませんが)でもその点がかなり報じられておりました。思うにこのような麻生評が確立したのは、一つにはネットで広まって後に事実らしいと言われた、「麻生太郎が『Rosen Maiden』を読んでいた」という一件に拠るところが大きいでしょう。別に『ゴルゴ13』を愛読していただけでは秋葉原方面的な層の支持を得る要因にはあまりならなかったでしょうから。やはりオタク界隈で評価の高いローゼンだったからこそですね(確かに、お年の割にはなかなか広く読まれていることには小生も感心します)。
 ですが、麻生氏にはこういった過去の実績? もあることは一応指摘しておくべきことでしょう。

 【オタクと政治】ポスト福田康夫の最有力候補、麻生太郎氏はオタクの味方か?
 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下、「児童ポルノ法」)の改正が議論されています。今回の改正における最大の争点は、単純所持規制の導入とマンガ、アニメ、ゲーム等、実在の児童を被写体としない創作物について、将来における規制を見越した調査研究規定の導入の2点です。自民党、公明党による法案は単純所持規制(「自己の性的好奇心を満たす目的」という限定付ではあるが)、創作物規制に関する調査研究規定導入のいずれについても「是」としています。

 麻生太郎氏は、表現の自由を重視するという観点から、自民党、公明党による与党案について反対の意思を表明してはいません。
 麻生太郎氏は、1989年に起きた「有害コミック」騒動では、「有害コミック」を規制する立場から1991年に「子供向けポルノコミック等対策議員懇話会」を結成し、会長に就任していますが、この点について、現在に至るまで何らの弁明も説明もしていません。
 かいつまんでいえば、漫画が好きといっても、表現の自由などの問題についてはあまり認識していないようだということです。
 ま、少なくとも、過大な期待を勝手に抱くのは、政治的な常識(この問題自体が、決定的な政治課題とは見なされない)やめた方がいいとは思います。
 ・・・てなことを小生が書いてしまうのは、自民党や麻生氏支持不支持云々以前に、自分の周囲のある一部のローゼン厨に対して抱いている何かが、大きなバイアスをかけているのだろうなあとは自分でも思いますが。だから「ローゼン閣下」などと持ち上げる連中をどうも懸念してしまうわけで・・・超個人的身辺内輪話で済みません。作品自体駄目だというつもりは更にありません(好きでもないですが)。

※以下やや話が逸れるので小さな字で補足的に若干。
 上掲リンク先の山口弁護士ブログ記事のコメント欄では、この記事を批判する声が少なくないようで、「敵味方に分けるのは不適切な行動」と指摘する声が複数あります。ただ、山口弁護士は、「麻生氏はオタクの味方か?」と指摘されたものの、「敵」という表現は使っていません。味方でなければ即「敵」と考えているのだ、と即断することは、やはり好ましくないことでしょう。
 署名運動については、当ブログでも過去に触れました以上、小生もその成功を願ってやまないのですが、勿論その内部でも様々な意見があり、それらの意見や立場の違いを踏まえつつ、最適の方針を打ち出していかねばならないと思います。で、単純に運動の手法でいうならば、署名活動代表世話人の言動に問題意識を持った活動参加者の行動としては、山口氏にメールを送ることの方が適切だったと思います。内部の意見の対立の存在自体を押し隠すべきではありませんが、それを外部に晒して拡大しかねないような、コメント欄での言動の方が、得るものが少ないと考えるのです。
 他にも小生には本件に関し思うところや情報もありますが、話題が逸れますし一般的なことでもないので、ここで打ち切ります。


 ま、以上はともかく、今回の総裁選のニュースを見ていて、映されていた各候補の演説中、小生がどうにも気になってしまったのは、石破氏のそれでした。
 今記憶に頼って述べれば、「『民主党に政権を一度任せても良いじゃないか』という声もあるが、国家観の違う政党に任せることは、断じて許されない」という言葉でした(細部には異同があると思います)。この「国家観」とは何なのでしょう。
 どうにもおどろおどろしい言葉です。なんだかその昔の「国体」(運動会ではない方)なんて言葉も連想されそうな。乱暴を承知で言えば、現在の議会に存在する諸政党は(例え共産党であっても)、議会制民主主義と資本主義経済という根本的な体制は変わらないわけで。

 今回の総裁選における石破氏の主張は、これまでのキャリアからすれば当然とも言えますが、専ら防衛問題について論じていたことが多く、特にインド洋における給油についての論がその中心だったように思います(余談ですが、最近地下鉄の駅にインド洋の給油の重要性を訴える防衛省のポスターが張り出されていますね)。
 とは畢竟、これも安全保障政策(の一論点)の相違に過ぎない話ではないでしょうか。それは政策上重要な点であっても、「『国家観』が違う」というのは、ずいぶんな言い方に思われたのです。「民主党の政策は間違っているから支持すべきではない」というのは、それは政策について議論することを前提とした言い方ですが、「『国家観』が違う」というのは議論を排斥する感さえ受けるのです。

 そんなことを某後輩氏に話したところ、「国家観」という言葉は読売新聞などでは結構よく使われているとのこと。ナベツネか。
 氏曰く、このような大仰な割に何を指しているのかよく分からない言葉として、氏が気になっているのは「政権担当能力」だとか。確かに、何を以てすれば政権を担当する能力なのか、具体的に示してないですね。

 で、何で「国家観」みたいな言葉が出てくるのか、多少考えてみました。
 これも某後輩氏の指摘ですが、戦後長らく政権に自民党があったため、自民党の一党優位体制そのものが社会のシステムの一環となってしまっている、というのです。だから自民党が政権に居続けることが常態になってしまっていて、政権交代ということが実感できない、そのような通念が薄いのが日本の社会なのかも知れません。
 細川政権の時、一時自民党が政権を離れましたが、比較第一党だったことは変わらず、結局細川首相が政権を投げ出してしまったため、以上の観念を変えるには至らなかったのかも知れません。以前取り上げた『歴代首相物語』の中で、これも今現物が見つからないのでうろ覚えですが、「細川政権の最大の功績は政権に就いたことであり、最大の失敗は政権を投げ出したことである」との指摘がありましたが、政権交代の可能性と限界をこもごも示したということかも知れません。
 思えば、選挙によって政権が交代するということがありふれていたのは、戦前の1920年代の「憲政の常道」の頃と、戦後の55年体制成立前と・・・あわせて20年ありませんな。団塊の世代が多少は世間のことが分かるような年になった頃には、もう選挙による政権交代の時代は終わっていたわけです。「戦争を知らない子供たち」は、「政権交代を知らない子供たち」でもあったのかも知れません。

 つまり、ここ半世紀続いていると言えそうな「戦後レジーム」といいますか、その時代の日本国のありようには、政権に居続ける自民党というものが牢固として組み込まれているため、政権交代の可能性を「『国家観』の違い」などと考えてしまう傾向が存在するのかも知れない、などと思うに至ったわけです。
 それを思えば、安倍晋三政権は、「戦後レジームからの脱却」という些か曖昧なスローガンを、半分は実現したというべきかも知れません。何となれば、「戦後レジーム」の構成要素として、自民党は日本国憲法に勝るとも劣らぬ重要な構成要素として政権にあり続けたのですから、そのレジームを解体するには自民党が政権から下野することも含まれると考えられます。参議院では実現しましたね、ええ。

 話が例によってとっちらかりましたが、この辺で。
 選挙はやってみなければ分かりませんが、政権交代が起これば将来、小生も安心して自民党に一票を投じることが出来るというものです・・・いや、やっぱ自民も民主も与党的なものとして、社民党にでも・・・もっともその頃、社民党が幸いにして生き残っていれば、ですけど。
 その社民党の福島瑞穂党首が、「麻生氏は憲政史上最短の首相になる」と発言していましたが、9月24日に就任して東久邇宮首相の在任期間を越えるためには、・・・11月16日まで頑張ればいいのかな?

by bokukoui | 2008-09-23 23:40 | 時事漫言 | Comments(16)

ドイツ軍「暗黒の日」90周年に寄せて速水螺旋人氏の話など

このいくさ 負けだとエーリヒが言ったから 8月8日は暗黒の日
ウィリー

 時は今から90年前の1918年8月8日。折りしも4年目に突入した第1次世界大戦の西部戦線はアミアン南方で、連合軍(協商軍)はドイツ軍に対し戦車を押し立てて攻撃を開始しました。ドイツ軍は大損害を被って退却しましたが、連合軍側も当時の戦車の信頼性がすこぶる低かったために攻勢はすぐ鈍り、ドイツ軍は戦線を再建します。しかし、ドイツを事実上仕切っていた参謀次長のエーリヒ・ルーデンドルフの精神が参ってしまい、以後ドイツ軍は連合軍に主導権を奪われて押される一方となり、そのまま11月の休戦に至ります。
 第1次大戦に詳しいT.S.レイサー氏の記すところによると、
 戦後、ルーデンドルフは書いている。「八月八日はドイツ軍にとって暗黒の日であった」。この日、ドイツ軍は大損害を被ったが、回復可能な程度の損害だった。しかしルーデンドルフは回復しなかった。逆境にあって性格の最悪の部分が出、ヒステリー性の麻痺に襲われた。部分的勝利に満足できなかったルーデンドルフだが、部分的敗北を補う行動を、何一つ考えることはできなかった。以後終戦までドイツ軍は行動指針を失い、単に起こったことに対応するしかできなくなった。
(訳:桂令夫・斎藤通彦)
 「ドイツ軍暗黒の日」というのは、戦後ルーデンドルフらが主張した「ドイツ軍は戦場では敗れなかったが、国内の自由主義者とユダヤ人による、背後からの匕首に刺された」という神話の一環をなすものではあるようですが、これ以後ドイツ軍の前線でも厭戦気分が広く蔓延した、ということは何かの本で読んだ覚えがあります(レン・デイトンだっけかな?)。

 さて、上記のT.S.レイサーの記事は、『コマンドマガジン日本版』というボードゲーム雑誌の1996年4月発行の通巻8号から引用したものです。第1次大戦の本なら拙宅にリデル・ハートもA.J.P.テイラーもありますが、敢えてこんな趣味的雑誌から引用したのは、部屋がカオスでハートとテイラーが行方不明・・・ということもないではないですが、この雑誌は、今年出した初単行本『速水螺旋人の馬車馬大作戦』が大好評な(当ブログでも記事書きましたが)速水螺旋人先生の、多分商業誌初出誌じゃないかと思うんですよね。
 『速水螺旋人の馬車馬大作戦』173ページの年表によると、1996年の項に「速水青年、ウォーゲーム誌『コマンドマガジン(日本語版)』(国債通信社)においてコラムの執筆を開始。同誌付録ウォーゲーム『1918 Storm in the West』に出会い、本作は最も愛するウォーゲームの一つとなる」とあり、それまでは投稿しかしていないようなので、この号で始まったイラストコラム「弾丸通信」が、おそらくそうなんじゃないかと。
 ちなみに描かれているのは、ドイツ軍戦車・A7Vと、当時の軍服姿の女の子と、隅っこにイギリス軍鉄兜姿の自画像? と、そして余白を埋め尽くす薀蓄と趣味の文字。基本形は変わってないですね。ただ絵の感じについては、概して線の細い気がします。
 この「弾丸通信」は『速水螺旋人の馬車馬大作戦』には収録されていないので、一つスキャンして・・・とも思いましたが、まあ速水氏が載せたくなかったのにはそれなりの理由もあろうし、著作権の問題も考え、速水氏の自画像部分だけちょこっと引用。
ドイツ軍「暗黒の日」90周年に寄せて速水螺旋人氏の話など_f0030574_2336479.jpg
 「NHKの映像の世紀が面白かったぞ」というあたりに時代を感じます。この番組では、第2次大戦の回より、1次大戦の回の方が衝撃的で面白かったのを覚えています。シェル・ショックで飛び跳ねる人、そしてラストシーンが見渡す限りの兵士の墓標で、戦争のむなしさを痛感させられました(ことに『機関銃の社会史』を読んでいたので)。

 さて、この雑誌の付録で速水螺旋人氏も愛するというゲーム『1918』の話は、ずいぶん前にこのブログで取り上げました。プレイした者は誰もが認める傑作でありながら、お題が1次大戦というだけで売れ残り、噂では編集者が追われたという曰くつき。
 で、この噂の真偽については小生それ以上の根拠を持ちませんが(編集者が変わっているのは事実)、その元編集者氏の出したウォーゲームの同人誌を、小生持っております。何でそれを持っているのかというと、これは今から十年近く前のコミケで、当時問題になっていた、いわゆる「児童ポルノ法」の制定と表現の規制を巡って、積極的に活動しておられたカマヤン先生のブースにそれに関する同人誌を買いに行ったら、一緒に並んでいたので買った次第。つまり、元編集者氏とカマヤン先生は、当時ともに児ポ法反対運動に関わっておられたのです。今は知りませんが。

 そして十年近い時が過ぎ、カマヤン先生は漫画界から距離を置かれ、速水螺旋人氏の活躍は広がり、『1918』は再評価され、そして児ポ法改正の季節がまたやってきました。「改正」にかこつけて表現規制をするという政治勢力が蠢動していることは、このブログでも既に報じました。今も無体な表現規制に反対する運動は続けられており、この夏ではコミケはじめいくつもの即売会で、また専門書店などでも、反対署名の用紙配布が行われます(即売会では受付も)。
 詳細はこちらのサイトをご参照ください。

 創作物の規制/単純所持規制に反対する請願署名市民有志

 カマヤン先生は今も尚このような運動に関わっておられる由ですが、十年以上前からずっと運動している人は有体に言って少ないようです。それはこの運動が労多くして益少ないものであること、しばしば誤解や中傷があり、更には運動の内紛を招いてきたこと、また同じことが繰り返されるのでうんざりしてしまうこと(知識人の発言が今回少ないのはそのためもあるようです)、そういった困難があるようです。
 しかし、そもそも性格からいって困難の多いこのような運動で大事なことは、それこそルーデンドルフのように全面的勝利が得られないからといって精神的に挫折するのではなく、あきらめずに起こった出来事に対処し、イニシアティヴを失わないことであろうと思います。

 話が例によってとっ散らかりましたが、何とか元に戻ってきたということで。
 末筆ながら、署名へのご協力をお願い申し上げます。

by bokukoui | 2008-08-08 23:59 | 思い付き | Comments(2)

「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」感想

 (1)(2)(3)(4)とレポが長きにわたった、「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」の個人的感想を簡単に。

 その前に、他の方のレポをご紹介。簡にして要を得ておられるので、当ブログのむやみと長いレポを読むより効率的かと(苦笑)。第2部の飛び入りゲスト紹介の充実振りは他の方のレポよりできがいいと思いますが、そこは枝葉ですしね。

・崩壊日記(出張所) さん「昼間たかしプロデュース「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う-」in阿佐ヶ谷ロフトA」
・実物日記さん「今さらな愚痴。されど。」

 なお、この一連の記事、実際には2日から5日にかけて断続的にアップされております。同じ日のことなので日付をそろえてみたのですが、かえってわかりにくかったかも。

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by bokukoui | 2008-05-01 23:59 | 漫画 | Comments(13)

「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」レポ(4)

 (1)(2)(3)に引き続き、「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」のレポをお届けします。諸般の事情により遅くなってしまい申し訳ありません(この記事に書いてある時間は実際にアップされた時間ではありません)。レポはこの(4)で完結です。こんなに長くなるとは・・・。

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by bokukoui | 2008-05-01 23:58 | 漫画 | Comments(2)

「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」レポ(3)

 (1)(2)に引き続き、「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」のレポをお届けします。諸般の事情により遅くなってしまい申し訳ありません(この記事に書いてある時間は実際にアップされた時間ではありません)。

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by bokukoui | 2008-05-01 23:57 | 漫画 | Comments(0)

「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」レポ(2)

 (1)に引き続き、「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」のレポをお届けします。

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by bokukoui | 2008-05-01 23:56 | 漫画 | Comments(0)

「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」レポ(1)

 連休中も所用で忙しそうなのですが、しかし一つ課題が終わったことは終わったので、今日は出かけたついでにこんなイベントに行ってきました。

 昼間たかしプロデュース
  ○出席者
  松浦大悟(参議院議員)
  荻上チキ(評論家)
  兼光ダニエル真(翻訳家/NGO-AMI代表)
  永山薫(批評家)
  増田俊樹(映画監督)
  昼間たかし(ジャーナリスト)

 以前小生は、永山薫氏プロデュースの「エロマンガ・スタディーズVol.1」というイベントに行って楽しい一時を過ごし、またその後「同人誌と表現を考えるシンポジウム」も聞きに行ったりしまして、カマヤン先生の愛読者としましてはこの方面の問題に一定の関心もあります。ここしばらく、諸般の事情でこういったイベントには行けなかったのですが、幸いここしばらくは調子がまずまずなので、今回行ってきました。
 会場は座席が一通り埋まり、立ち見も若干いる状況でした。60~70人、あるいはもうちょっとだったでしょうか? 会場中央前くらいのほど良い位置を確保した小生、さて前のテーブル、とは舞台正面最前列の席なのですが、そこに座っている方にどうも見覚えが。
 それはなんと、先月の革命的非モテ同盟・古澤書記長主催のお花見でお会いした、『若者を見殺しにする国』「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」の著者・赤木智弘氏でした。ご挨拶申し上げます。先日ブログでこの花見から赤木氏について延々と書いた(これこれ)後だったので内心びくびくものでしたが、氏は拙文を読んではおられなかったようです。残念な、しかしホッとしたような気も皆無だったわけではないところが・・・。

 で、例の如く会場で採ったメモを元に、イベントで話された内容を以下に挙げていきます。但し、議論の展開に筆記が追いついておりませんので、内容総てを網羅している訳ではありませんし、またまとめの文責は小生、墨東公安委員会にあります。

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by bokukoui | 2008-05-01 23:55 | 漫画 | Comments(3)

一途な想い 君のココロを傷つけている~古澤氏の記事に関し雑感

 さる19日の「同人誌と表現を考えるシンポジウム」に関して、レポ感想を当ブログに書きましたところ、予想外に多くの方にお読みいただけたようでありがたいかぎりです。ところが、ITmedia News でこのイベントについて詳細な(恐らくは録音から起していると思われる)レポートが現在掲載進行中で、うーむ拙レポートの意義は薄れてしまったかなと正直思わずにはいられません(感想については何がしかのオリジナリティがあるかなとは思いますが)。もっともそれだけこのシンポジウムに注目が集まっているのだとすれば、それは大変結構なことであると思います。

 さて、その「同人誌と表現を考えるシンポジウム」の拙レポートについて、「革命的非モテ同盟」の古澤書記長が、革非同の活動外の個人的ブログ「furukatsuの日記」にてご紹介くださいましたことはまことに光栄の至りであります。しかし、拙記事をご紹介下さった古澤書記長のブログ記事「同人誌と表現を考えるシンポジウム」に関しましては、小生はいささかの懸念を覚えます。すなわち古澤書記長が該記事で述べておられる「闘争方針」は、事態の改善に役立つのかという疑問です。

 端的に言えば、「我々」と「敵」とに世界を二分し、「非妥協的」な闘争をすることが目的達成の手段として適切だとは思えません。この世界は、同人者と規制当局(とその手先)だけで構成されているのではありません。そしてまた、闘争することが目的ではありません。表現を守ることが目的です。古澤書記長が該記事にて「三つの柱によって達成される」と示された方針は、如何にして規制当局と闘争するかの方針であって、表現を如何に守り豊かにするのかという視点は見出せません。それは目的と手段を取り違えていると言わざるを得ませんし、かつての革新勢力がやがて退潮していった理由にも通じるかと思います。
 規制推進派と同人関係者の間に、こんな問題があることを知らない圧倒的多数の人々がいます。運動の方針の一つとしては、この圧倒的多数の人々の支持――とまでいかなくても、規制当局が押し付けたがっている像ではない認知を獲得することが出来れば良いでしょう。その際に、オタ文化の経済的な影響が大きいとか、コミケの大規模さに見るように相当多くの人に浸透しているのであるとか、そういったことは利用できるでしょう。かくてそれだけ社会の一角を占めている存在であるということをアッピールできれば、それを弾圧しようという側にとっては話が面倒になってくるわけで。「利害の調整」に応じるしかなくなってくるわけです。
 ひとくちにいえば、拡散と浸透が大事なのではないかと。団結の美名の下に、強力な指導者による思想統一を図ることは、そもそもの豊かな表現の場を守り育てるという根本の目的に反します。少数の中核による非妥協的な闘争よりも、多様さを武器にここにもいる、あんなのもいる、と同人と表現によるネットワークが社会のあちこちに展開するように、そしてそのことをより広く認知させる、それが目的に適うと思います。最悪どこかが叩かれても、ネットワークのどこかが残れば、また表現を育てていくことが出来るはずです。
 答えはそう「一つ」だけ、ではありません。

 具体策としては、古澤書記長のお示しになられた道と結局類似してくるとは思います。政治的なロビイング活動を行うとか(落選運動を行えるかは正直疑問ですが)、経済的意義をアッピールするとか。
 その二つは良いんですが、古澤書記長の第三に軍事というのは、まあ冗談で仰っているのだと思いますが、何がやりたいんだかさっぱり分かりません。あまつさえ、なのはさんの例を紐解けば分かるようにというのは、冗談にしてもまったくもってケシカラン話であると思います。余人であればいざ知らず、いやしくも「革命的非モテ同盟」書記長にして、とは恋愛資本主義の粉砕の先頭に立つべきものがこは如何に。
 なんとなれば、『なのは』シリーズの原案者・都築真紀氏は、かつて自己の作品中で、恋愛資本主義にどっぷりはまった世界観を臆面もなく展開していたのです。

一途な想い 君のココロを傷つけている~古澤氏の記事に関し雑感_f0030574_254660.jpg ここで小生が押入れから引っ張り出してまいりました資料は晋遊社の『ポプリクラブ』1997年7月号。ちょうど十年前ですね(多分6月発売)。我ながら物持ちがいいなあ。なお小生の年齢についてのお問い合わせにはお答え致しかねます。
 で、この雑誌には、都築真紀氏の単行本未収録作品「幸せのリズム」が掲載されております。これが問題の作品であります(ついでに言えば、小生が読んだことのある唯一の都築作品)。
 全く本題と関係ありませんが、小生がこの雑誌で「エロマンガ」としてもっとも「印象に残った」のは嶋尾和氏の作品でした。この表紙に名前の上がっている作家で単行本持ってるのは嶋尾和氏のだけですね。比較的最近、嶋尾氏の某単行本を買って巻末のあとがき漫画を読むまで、男だとばっかり思ってました。絵や話から何となくそんな印象を受けていたのでして。

 それはともかく、本題の「幸せのリズム」です。
一途な想い 君のココロを傷つけている~古澤氏の記事に関し雑感_f0030574_3153583.jpg
 お話は至極シンプル。美雪先輩と八重樫君のらぶらぶ話です。特に八重樫君のコンタクトを美雪先輩が入れてあげるシーンはなかなか。
 そんな二人ですが、美雪先輩は最近八重樫君に対して「バイトバイトってちっとも遊びに連れてってくれないし!」「ムードもなんもなしにHばっかしたがるしさっ!!!」と些かご不満。それで二人の間にひと悶着(&ひと交接)あって、もちろん最後は丸く収まるんですが、そのときのシーンが↓これ。
一途な想い 君のココロを傷つけている~古澤氏の記事に関し雑感_f0030574_3361813.jpg
 で、指輪贈られた美雪先輩曰く、「やっぱり愛されてるって確認しちゃったわよ!!!」

 へーそうですか。愛はプレゼントで確認するもんなんですか? これを恋愛資本主義と呼ばずしてなんと呼ぶ!?
 ついでに最後のページのオチでは、美雪先輩がさらにえげつない恋愛資本主義的発言(笑)を発してくれます。(漫画としては面白いけど) 

 かかる漫画を公表して憚らぬ都築真紀の作品を、こともあろうに闘争の指針に持ち込もうとするとは、非モテの星たる古澤書記長でありながら、反革命的限界を露呈してしまっていると言わざるを得ません。強く自己批判を求めるものです。
 やはりここは『なのは』ではなく『Saint October』を視聴し、力による正義の裁きを下すことの危険さを悟った少女が、赦しということを身につける経緯をじっくと学ぶべきでありましょう(11話~13話あたり)。

 要するに今日の教訓は、古いものを取っておくと何かネタになるかもしれない、ということです。そして過去の蓄積なくして未来の生産なし。資本だって表現だって。
 ところで色々検索してみると、都築氏の単行本未収録作品を掲載している雑誌は、オークションにて結構な値段で取引されているようです。なんだか2万円という話も出てきたし。
 ・・・この『ポプリクラブ』を誰かが1万6800円以上で買ってくれれば、『MANOR HOUSE』が買える喃(苦笑)

 えー、例によって話が滅茶苦茶になってきたのでまとめます。

・表現の自由を守るには、非妥協的闘争よりも拡散と浸透を。
・古い遺産をきちんと継承していくことで、表現の豊かさも発展していく。
・でも『ポプリクラブ』については価格次第で・・・(?)

 以下余談。
 『ポプリクラブ』1997年7月号はリニューアル第1号なので読者投稿コーナーがありません。とは即ち、三峯徹画伯のイラストが拝めないということです。しかし翌8月号の新装開店読者投稿コーナーにはしっかりと・・・

 もいっこ。
 この絵はなんだか変な気がします。
一途な想い 君のココロを傷つけている~古澤氏の記事に関し雑感_f0030574_4452712.jpg

by bokukoui | 2007-05-31 23:59 | 漫画 | Comments(6)

「同人誌と表現を考えるシンポジウム」見学記 感想篇

 「同人誌と表現を考えるシンポジウム」について、レポの第1部第2部の続きというか、話を聞いての個人的感想です。細かい、どうでもいいようなツッコミはレポート中に差し挟んだりもしましたが、多少なりとも纏まったものを。
「同人誌と表現を考えるシンポジウム」見学記 感想篇_f0030574_2352763.jpg
「同人誌と表現を考えるシンポジウム」会場前にて撮影
馳せ参じた「革命的非モテ同盟」の古澤書記長のお姿も

 まず最初の率直な感想としては、パネラーが多すぎて話が薄まってしまったというか、話をもっと聞きたいのに充分時間がなかったという感があります。そもそも3時間のシンポジウムで、司会含めて13人ものパネラーがおられたわけで、やはり人数が多すぎたのだと思わざるを得ません。あまり適切な比較ではないかもしれませんが、ロフトプラスワンのイベントは3人(もっともしばた氏と永山氏が語りまくったため、伊藤氏が割を食ってましたが)で2時間半でしたので、あの充実度と比べると薄いなあと思ってしまうのは仕方のないところです。
 ただ、シンポジウムの中で、「一般へのアピール」ということを強調していましたし、またマスコミ関係者も来ていたということからすれば、同人に関係する関係者や識者が一通り集まって、意見の集約を図りそれを一般に公開するということは、いわば戦略的な意味としては少なからずあったということで、それはそれで合目的的だったのかもしれません。
 もっともそうすると、本文中でもちょっと書きましたが、「やおい」に詳しい人、いわば「腐女子」代表とでもいうべき人がいなかったのは些か残念です。同人(と性表現)に関しては、やおいの地位は相当に大きいはずですが、パネラーが一人を除いて男ばかりで、さらにレポ中には書きませんでしたが、パネラーが「やおいは分からない」ともらす一幕もあり、やはりこれは望ましくなかったと思います。

 シンポ中、「修正」の話が相当の時間をかけて議論されましたが、コミケ基準の性器への修正などの話を聞いていたとき、小生の脳裏をよぎっていたのは、18世紀英国で書かれた近代小説史上初のエロ小説『ファニー・ヒル』の訳本の巻末解説でした。今部屋がカオスなので本の本を引っ張り出すことが出来ないので記憶に頼って書きますが、この本を書いたことで投獄された著者のジョン・クレランドは、一緒に捕まった印刷業者の釈放を訴えてこう述べたそうです。
「印刷業者に罪はありません。彼らは原稿を見て、卑猥な四文字語がなかったのでそのまま印刷しただけなのです」
 で、クレランドは『ファニー・ヒル』を書くにあたって、性器を直接表記することを避けて、思いつく限りの比喩表現を使い、訳本の解説者(英文学者の海保真夫教授)曰くはそれは五十種類にも及んだそうで、ここまでやるとかえってコミカルな感すらするけれど、それはやはり摘発対策だっただろう、というようなことだったかと思います。
 いやまあ、何が言いたいのかというと、「修正」というのは今も昔も形式的でどこか滑稽な感じもするなあ、という外野の勝手な印象です。

 もちろん、運動方針としては、同人誌業界が「自主規制」にきちんと取組んできたということをより広くアピールすることは重要であろうと思います。それが正攻法でしょう。
 その方針はそれとして、ただ、ではシンポジウムで明らかになった「修正」の基準というのはどうかといえば、市川氏が世の中の「流れ」ということを口にされたことに象徴されるかと思いますが、それは相当に曖昧なもののようです。なので、規制派にそこを突かれる危険性がないとはいえないし、また果たして自主規制がどれほど効果があるのかと、言い換えれば自主規制しているという言い訳をするためにやっているのではないかという、そのような実も蓋もない言い方も出来てしまいます。
 もちろん最後に坂田氏が指摘されたように、このような基準はあまりに明確で動かしがたいようなものにするよりも、曖昧であった方がむしろ便利であることは、間違いないだろうと思いますが。表現の場に法が介入することによって縛りを固めることによって、伊藤氏の言葉を借りれば「表現が痩せる」という事態は、まったく容認できるものではありません。

 今回のシンポジウム中でもっとも小生の印象に残った言葉は、伊藤剛氏の「利害の調整」という言葉でした。規制問題を倫理や道徳の問題ではなく、あくまでも利害の調整と捉える合理性を重視した視点は、泥沼の倫理論争にならずに成果を挙げることができるのではないか、そう思ったのです。
 更に、それに国策としてのコンテンツ産業振興を絡めることで、経済的合理性の観点も持ち込めば、規制推進派に対する同人側の説得をより合理的なものにすることが出来るのではないか、そのようにも思います。正直、コンテンツ産業の振興という方針に何がしかの違和感を感じないでもないのですが、話としてはもっとも筋が通しやすく説得の可能性も大きいのではないでしょうか。つまり、この問題にあまり深い関心やこだわりを持っていない(規制反対推進問わず)ような人々に対しても、充分説得的足りえるからです。
 このように、合理性を根拠に、同人というものの存在を世間に認めさせ受容させるという方法が、今後の宣伝活動の方向として良いのではないか、それが小生の思ったことです。元々の伊藤氏の発言の意図とだいぶ離れてしまったかもしれませんが・・・。

 ただ、「合理性」の旗印を掲げて利害調整の手法のみで解決できるのか、それについては、このように書いておきながら些かの不安もまた小生は同時に持っています。
 そもそも今回の研究会の報告書に出てきたような表現規制に関する動き自体が、例えばシンポ会場でも指摘されていた児ポ法の年齢基準のように、およそ合理性とはほど遠い状況がまま生じているということです。合理性(特に経済的合理性)が規制推進派に対する説得の根拠にならない、或いは「合理性」を図る基準がハナからずれている可能性もあります。
 一方、これはかなり勝手な物言いで申し訳ありませんが、そもそも同人誌のような、表現に強い意欲を持ってコミケのような場を形成するに至ったエネルギーの源泉自体が、そもそも合理性によって生まれたものではないのではないか、ということです。だとすれば合理的な利害の調整という手法が、同人の側からも受容されないかもしれない、なんてことをふと思ったのでした。

 というわけで、色々と文句をつける割には、この問題に関する何かしら明快な解決案を小生は示すことが出来ていないのですが、しかし恐らく何か決定的な解決法によって「最終的解決」を図るというのではなく、好ましからざる事態を避けつつ常に変化し続けるという、いわば「永久革命論」的な方向ということになるのであろう、と、会場の前で「革命的非モテ同盟」の古澤書記長に出会ったのも何かの縁ですし、左翼チックな用語でひとまず結びとしたいと思います。同人も最後は個人の思いによって支えられており、その日々の実戦が積み重なっていくものだと自戒の念を込めて。

 蛇足ですが、このシンポを見に行ったりレポを長々と書いたりした直接のきっかけは、コミケで出店したり見て廻るのがメカミリ・評論・歴史・非電源系ゲーム・創作(少年)のメイド島限定(しかも資料本しか売らない/買わない)、と、同人の中心であるとされる漫画に碌に縁がなかった小生が、所謂18禁指定の同人誌を買わせていただいた数少ない書き手であるカマヤン氏、その氏がブログにてこのイベントに「当日私は所用で参加できませんので、参加された同志はレポートヨロですと書かれていたからであります。この記事が小生よりも深く創作や同人に関心を持たれる方のお役に立てば幸いです。
 以上、絵も小説も書けない鉄道趣味者がご報告申し上げました。

by bokukoui | 2007-05-20 23:59 | 漫画 | Comments(2)